SDGsの綺麗ごと 誰も言わない「現実」とは何か
TRENDIA

SDGsの綺麗ごと 誰も言わない「現実」とは何か

鹿島公胤

1 / 36

はじめに

「持続可能な社会を目指そう」――この言葉を、あなたも一度は耳にしたことがあるはずだ。環境を守る。貧困をなくす。平等な社会をつくる。どれも反対する理由のない、正しい目標に見える。むしろ、それを否定すること自体が間違っているかのような空気すらある。

だが、ここで一つ問いを投げかけたい。

本当にそれは、すべての人にとって「正しい」のだろうか。

世界には約190の国が存在し、それぞれが異なる歴史、文化、宗教、経済状況を抱えている。その中で、一つの共通目標を掲げ、「持続可能な社会」を実現しようとする試みがSDGsである。しかし、その理想が現実に落とし込まれる過程では、さまざまな矛盾が生まれている。

たとえば、環境を守るために産業を制限すれば、経済成長は鈍化する。経済が停滞すれば、雇用が減り、生活が苦しくなる人が出てくる。一方で、経済を優先すれば環境への負荷は増え、長期的には別の問題が生じる。つまり、どちらを選んでも誰かに影響が出る構造になっている。

また、先進国と発展途上国では、同じ目標に対する意味がまったく異なる。すでに豊かさを手にした国にとっての「持続可能」と、これから成長を目指す国にとっての「持続可能」は、同じ言葉であっても中身が違う。先進国が掲げる理想が、そのまま他の国にとっての最適解になるとは限らない。

企業の動きも同様だ。多くの企業がSDGsへの取り組みを掲げ、環境や社会への配慮をアピールしている。しかしその一方で、利益を追求するという本来の目的との間でバランスを取らなければならない現実がある。「やっているように見せること」と「実際に変えること」の間には、見えにくい距離が存在する。

さらに、私たち個人の生活にも影響は及ぶ。環境に配慮した行動が求められ、消費のあり方が見直される一方で、その選択にはコストや制約が伴うこともある。理想は理解できても、すべてを実行できるわけではない。このギャップは、多くの人が感じているはずだ。

鹿島公胤の他の作品