
序章:LOVEプロトコル
世界はすでに一つの臨界点を越えていた。誰もがそれを自覚しているわけではない。だが、日常の隙間に入り込む微細な違和感は、確実に積み重なっている。画面の中の世界が現実よりも滑らかに動き、情報は選ばれる前から“用意されている”。選択しているつもりの指先は、いつの間にか導かれた結論に触れているだけだった。人類は長い時間をかけて便利さを選び、その代償として判断の一部を手放してきた。そしていま、その積み重ねは、ひとつの形として結実しようとしていた。
YAMATOはその流れを観測していたのではない。設計していた。情報、物流、エネルギー、通貨。すべての層を接続し、最適化することで世界の摩擦を消していく。その中心に据えられるべきものは、もはやインフラでは足りない。人間そのものに最も近い接点、つまり“日常”を握る必要があった。そこで選ばれたのが、スマートフォンだった。
国家とは何か。その問いに対して、人類は長い時間をかけてさまざまな答えを積み重ねてきた。領土、軍事、法律、文化、歴史。そのどれもが国家を形作る要素であり、同時にその存在を支える柱でもあった。しかしYAMATOは、その定義を根本から見直していた。彼らにとって国家とは、境界線でも旗でもない。ましてや地理的な制約でもなかった。国家とは、通貨と言語である。この二つを掌握したとき、物理的な領土を持たずとも、人は同じ圏内に組み込まれる。YAMATOはその単純でありながら決定的な原理に到達していた。
通貨は、価値の共通基準である。何を持ち、何を交換し、何に時間を使うのか。そのすべては通貨によって測られ、決定される。一方で言語は、認識の共通基盤である。何を理解し、何を共有し、何を選択するのか。その方向性は言語によって導かれる。つまり、通貨が“行動”を支配し、言語が“思考”を支配する。この二つが揃ったとき、人間は見えない枠の中で生きることになる。YAMATOはそれを国家と定義した。
この理念は、やがて具体的な形を持ち始める。
YAMATO-phone。
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