本文へ移動
TORENDIA

木の札のひとりごと ~千年のあとで、よんでもらえた日~

本文約8,800字 ・ 読了時間 約18分

野々宮 遥

速度
🎧 木の札のひとりごと ~千年のあとで、よんでもらえた日~ / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 10

この物語はフィクションです。語っているのは、一枚の木の札。登場する人物と場所は、すべて作者がつくったものです。

一 泥の中から

ある朝、泥だらけのわたしを、小さな指が、そっとつまみあげた。

「あった」

その人は、小さな声で言った。

わたしは、うれしかった。

千年をこえて、だれにも見つけてもらえなかったのだから。

でも、ひとつだけ、心配なことがある。

わたしの背中には、墨で、字が書いてある。

その字は、まだ、残っているだろうか。

もう、消えてしまったかもしれない。

字のない札は、ただの木の切れはしだ。

ここで、先に断っておきたい。

わたしは、木の札である。

人は、わたしのような札を、「もっかん」と呼ぶらしい。

木に、墨で、字を書きつけたものだ。

これから語る話は、わたしの、ひとりごとだ。

ほんとうのことは、あとで、人間たちが、ちゃんと調べて、書いてくれている。

わたしの話は、わたしの思い出。

少し、おおげさなところも、あるかもしれない。

どうか、笑って、聞いてほしい。

さて、今、わたしは、白い手袋の指に、のせられている。

指の先は、あたたかかった。

千年ぶりに感じる、人のぬくもりだ。

その人は、わたしを、水の入った、浅い入れものにそっと入れた。

ぷかり、とわたしは、水の底にしずんだ。

ああ、懐かしい。

泥の中の、あの、しっとりした感じ。

「みちるさん、見つかった」

遠くで、別の人の声がした。

「はい。木の札です」

わたしを見つけた人は、そう答えた。

みちる、というのが、その人の名前らしい。

声が、若かった。

少しふるえていた。

わたしは、水の底から、そっと上を見あげた。

みちるさんの顔が、水面にゆれている。

目が、きらきら光っていた。

この人なら、読んでくれるかもしれない。

そんな気がした。

二 浜の朝

わたしの生まれは、海の見える、小さな浜だ。

浜の朝は、早い。

まだ、空がうす暗いうちから、潮のにおいが、あたりにたちこめる。

波が、ざぶん、ざぶん、と岩にぶつかる。

そこへ、ひとりの若者が、桶をかかえて降りてくる。

ひろ、という名前だ。

ひろは、不器用だった。

海に出て、海藻をとるのは上手なのに、手先は、ふしぎなほど、ぎこちなかった。

野々宮 遥の他の作品

🎧
のちの月の晩に ~ことはと、まだ丸くない月~
野々宮 遥 ・ 約29分
🎧
拾った時計と、三か月のあいだ
野々宮 遥 ・ 約33分
🎧
あかりの言葉をおぼえた夜 ~岬の灯台と、最後の見回りの晩~
野々宮 遥 ・ 約35分
🎧
きいろの日をきめる朝 ~気象台のいちょうと、ふたりの観測~
野々宮 遥 ・ 約34分
🎧
しおりの文字は、だれの文字 ~江戸のかしほんやものがたり~
野々宮 遥 ・ 約31分
🎧
道が消えた夕ぐれ ~ひきかえす、という勇気~
野々宮 遥 ・ 約30分
🎧
ゆびで読む絵本 ~六つの点の、さいしょの一行~
野々宮 遥 ・ 約46分
🎧
ねむる種をおこす日 ~マイナス十八度の、小さな缶~
野々宮 遥 ・ 約29分
🎧
みみをすます夜の街 ~水道の音をさがす、ふたり~
野々宮 遥 ・ 約27分
るすばんの神さまと、さいごのバス ~仮装の夜に、ひとりだけ仮装していない人~
野々宮 遥