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この物語はフィクションです。登場する人物、町、学校、図書館、絵本は、すべて作者がつくったものです。
一 もう、本は読まない
その日は、母と二人で、おばあちゃんの家に、泊まりにきていた。
夕ごはんのあと、おばあちゃんが、ぽつりと言った。
「もう、本は、読まないことにしたよ」
ちなつは、お茶碗を持つ手を止めた。
台所の時計の音が、急に大きく聞こえた。
小さいころ、毎晩のように絵本を読んでくれた人の言葉だった。
「なんで」
ちなつは、聞いた。
おばあちゃんは、湯のみを両手で包んで、にっこり笑った。
「字がね、見えにくくなったの。見えない字は、本とは言わないでしょう」
笑っているのに、声は、まっすぐだった。
ちなつは、何か言いかえそうとして、言葉が出なかった。
母が、テーブルの向こうで、そっと目をふせた。
あとで聞いたところでは、母も、まだ、どう話していいのか、わからなかったらしい。
その夜、ちなつは、布団の中で、天井を見つめていた。
おばあちゃんの寝ている部屋の、となりだ。
ふすまのむこうから、おばあちゃんの小さな寝息が聞こえる。
ちなつは、考えた。
読んでもらえないのなら、読めるようにすればいい。
目で読めないのなら、ほかの方法で。
どうして、そんなことを思いついたのか、自分でもわからない。
ただ、学校の図書室で、いつか見かけたポスターが、頭に浮かんだ。
でこぼこの点が、ならんでいる絵。
ゆびで読む文字。
てんじ、と言った。
ちなつは、小さな声で、つぶやいた。
「六つの点を、ゆびで、おぼえる」
暗がりの中で、ふすまのむこうの寝息が、ほんの少し、ゆれた気がした。
ちなつは、はっとして、口を閉じた。
それから、そっと、目をつぶった。
二 読んでもらった夜
ちなつは、小さいころ、おばあちゃんの声で、眠った。
おばあちゃんの声は、低くて、やわらかかった。
絵本を読むときは、もっと、やわらかくなった。
ページを、ぱらり、とめくる音。
それから、ひと呼吸おいて、物語がはじまる。
「むかし、むかし」
その声を聞くと、まぶたが、とろんと重くなった。
いちばん好きだったのは、「ふくろうの、ゆめの本」という絵本だった。