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この物語はフィクションです。登場する人物、国、施設、村、大根は、すべて作者がつくったものです。
一 いちばん冷たい庫
重い扉を、ぐっと引く。
白い息が、ふわりと、足もとからのぼってきた。
マイナス十八度。
ほづみは、えりもとを、きゅっと合わせた。
今日は、棚の点検の日だった。
缶は、あけない。
棚から持ちあげて、ラベルと重さを見る。
数をかぞえて、帳面につける。
それだけの仕事だ。
それだけの仕事なのに、ほづみの胸は、どきどきしていた。
いちばん冷たい庫は、しんとしていた。
聞こえるのは、天井の風の音だけ。
ごう、ごう、と低く鳴っている。
棚が、列になって、奥までならんでいる。
その棚のいちばん奥に、小さな缶が、ひとつ、あった。
ほづみは、缶に近づいた。
ラベルの字は、かすれている。
手書きの、ていねいな文字だった。
読める部分だけを、声に出して読む。
「ゆり谷の、まる大根」
そのあとの日付は、にじんで、よく読めない。
けれど、四十年ほど前のものだと、記録にはあった。
両手で、缶を持ちあげる。
軽い。
軽すぎる。
ほづみは、思わず、息を止めた。
この缶の中に、ある村のたったひとつの大根の種が、眠っている。
四十年のあいだ、ずっと、この冷たさの中で。
もし、目をさまさなかったら。
そんな考えが、ふっと頭をよぎった。
ほづみは、あわてて、頭をふった。
いまは、まだ、わからない。
わからないから、いつか、確かめることになる。
それが、この仕事なのだ。
今日は、その日ではない。
ほづみは、缶のラベルを帳面に写して、そっと、棚に戻した。
「ほづみさん」
うしろから、低い声がした。
主任のくすのきさんが、扉のところに立っていた。
厚い上着を着て、帽子をかぶっている。
「どうだ。持てたか」
「はい。軽くて、びっくりしました」
「だろう」
くすのきさんは、ほんの少し、目を細めた。
「種は、軽いものさ。軽いのに、命がぜんぶ、入っている」
ほづみは、缶のあった場所を、じっと見つめた。
冷たさが、上着をとおして、胸に伝わってくる。
けれど、なぜか、その冷たさは、いやではなかった。
まるで、深い眠りの中の、静かな呼吸のようだった。
二 二つの冷たい部屋