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この物語はフィクションです。登場する人物、町、店は、すべて作りごとです。
一 ベンチの上の時計
朝の六時半。ひろとは、犬のもなかを連れて、町の小さな公園に来ていた。
九月のはじめの空気には、まだ夏のにおいが少しだけ残っている。でも、木かげに入ると、ひんやりした。
もなかは、茶色くて小さな犬だ。しっぽが、いつも時計の針のように、右へ左へ動いている。
「もなか、ゆっくり行こう。」
ひろとが声をかけても、もなかは聞かない。リードをぐいぐい引っぱって進んでいく。
公園のまんなかには、大きなイチョウの木がある。その下に、古い木のベンチがひとつ置いてあった。
もなかは、そのベンチの前で、ぴたりと止まった。鼻をくんくん鳴らしている。
「どうしたの。」
ひろとは、ベンチをのぞきこんだ。
座るところの板のすきまに、細い銀色の鎖がはさまっていた。鎖の先には、まるいものがぶら下がっている。
夜のあいだの露で、ぬれていた。朝の光が当たって、小さくきらりと光った。
「時計だ。」
ひろとは、そっとそれを持ち上げた。ビスケットより少し大きいくらいの、銀色の時計だった。ずっしりと重い。
腕につける時計ではない。ポケットに入れて持ち歩く、昔の時計だ。おじいちゃんの写真で、見たことがある。
ふたの横に、小さな出っぱりがあった。ひろとが押すと、かちりと音がして、ふたが開いた。
中の文字盤は、牛乳のように白かった。数字は黒くて、ていねいに書かれている。
針は、三時のところで止まっていた。
ひろとは、時計を耳に当てた。何も聞こえない。かちかちという音も、しなかった。
「止まってる。こわれてるのかな。」
もなかが、ひろとの足もとで、ふんと鼻を鳴らした。
ひろとは、あたりを見まわした。朝の公園には、ほとんど人がいない。遠くで、おばさんが犬を散歩させているだけだ。
だれかが、すぐに取りに戻ってくるかもしれない。そう思って、ひろとはしばらくベンチの横で待ってみた。
でも、だれも来なかった。
時計を、ベンチに戻して帰ることもできた。けれど、風で落ちるかもしれないし、だれかに持っていかれるかもしれない。