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TORENDIA

素描三題

本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

薄毛に悩むお宗さんが一中節の師匠を目指す姿、Kさんの畠に汽車から男の頭が転がり落ちた衝撃の光景、信仰に目覚めた武さんが聖書を筆写し奇跡を信じて生きる日々の三つのエピソードを収める。日常に潜む奇妙な出来事や、他者とは異なる独自の価値観を持って生きる人々の姿を、著者の視点から冷静に描く。

芥川龍之介

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🎧 素描三題 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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一 お宗さん

お宗さんは髪の毛の薄いためにどこへも縁づかない覚悟をしてゐた。が、髪の毛の薄いことはそれ自身お宗さんには愉快ではなかつた。お宗さんは地肌の透いた頭へいろいろの毛生え薬をなすつたりした。

「どれも広告ほどのことはないんですよ。」

かういふお宗さんも声だけは善かつた。そこで賃仕事の片手間に一中節の稽古をし、もし上達するものとすれば師匠になるのも善いと思ひ出した。しかし一中節はむづかしかつた。のみならず酒癖の悪い師匠は、時々お宗さんをつかまへては小言以上の小言を言つたりした。

「お前なんどは肥たご桶を叩いて甚句でもうたつてお出でなさりや善いのに。」

師匠は酒の醒めてゐる時には決してお宗さんにも粗略ではなかつた。しかし一度言はれた小言はお宗さんをひがませずには措かなかつた。「どうせあたしは檀那衆のやうによくする訣には行かないんだから。」――お宗さんは時々兄さんにもそんな愚痴などをこぼしてゐた。

「曾我の五郎と十郎とは一体どつちが兄さんです?」

四十を越したお宗さんは「形見おくり」を習つてゐるうちに真面目にかういふことを尋ねたりした。この返事には誰も当惑した。誰も? ――いや「誰も」ではない。やつと小学校へはひつた僕はすぐに「十郎が兄さんですよ」といひ、反つてみんなに笑はれたのを羞しがらずにはゐられなかつた。

「何しろああいふお師匠さんぢやね。」

一中節の師匠になることはとうとうお宗さんには出来なかつた。お宗さんはあの震災のために家も何も焼かれたとかいふことだつた。のみならず一時は頭の具合も妙になつたとかいふことだつた。僕はお宗さんの髪の毛も何か頭の病気のために薄いのではないかと思つてゐる。お宗さんの使つた毛生え薬は何も売薬ばかりではない。お宗さんはいつか蝙蝠の生き血を一面に頭に塗りつけてゐた。

「鼠の子の生き血も善いといふんですけれども。」

お宗さんは円い目をくるくるさせながら、きよとんとしてこんなことも言つたものだつた。

二 裏畠

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