半七捕物帳
本文約23,300字 ・ 読了時間 約47分
あらすじ(AIが作成しました)
明治時代の東京。青山周辺に現れる「唐人飴」売りの男に、公儀の隠密や盗賊ではないかという怪しげな噂が立つ。かつてこの地では二度にわたり腕を斬られる刃傷沙汰が発生しており、不穏な空気が漂っていた。そんな中、半七老人はこの飴屋の素性を探り、さらに一帯で起きた事件と関連する謎を追う。一人の老捕り物名人が、噂の飴屋や怪しげな役者たちを取り巻く複雑な事情と真相を明らかにしていく過程を描く。
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一
こんにちでも全く跡を絶ったというのではないが、東京市中に飴売りのすがたを見ることが少なくなった。明治時代までは鉦をたたいて売りに来る飴売りがすこぶる多く、そこらの辻に屋台の荷をおろして、子どもを相手にいろいろの飴細工を売る。この飴細工と粉細工とが江戸時代の形見といったような大道商人であったが、キャラメルやドロップをしゃぶる現代の子ども達からだんだんに見捨てられて、東京市のまん中からは昔の姿を消して行くらしく、場末の町などで折りおりに見かける飴売りにも若い人は殆ど無い。おおかたは水洟をすすっているような老人であるのも、そこに移り行く世のすがたが思われて、一種の哀愁を誘い出さぬでもない。
その飴売りのまだ相当に繁昌している明治時代の三月の末、麹町の山王山の桜がやがて咲き出しそうな、うららかに晴れた日の朝である。わたしは例のごとく半七老人をたずねようとして、赤坂の通りをぶらぶら歩いてゆくと、路ばたには飴屋の屋台を取りまいて二、三人の子どもが立っている。
それは其の頃の往来にしばしば見る風景の一つで、別に珍らしいことでも無かったが、近づくにしたがって私に少しく不思議を感じさせたのは、ひとりの老人がその店の前に突っ立って、飴売りの男と頻りに話し込んでいることであった。彼は半七老人で、あさ湯帰りらしい濡れ手拭をぶら下げながら、暖い朝日のひかりに半面を照らさせていた。
半七老人と飴細工、それが不調和の対照とも見えなかったが、平生から相当に他人のアラを云うこの老人としては、朝っぱらから飴屋の店を覗いているなどは、いささか年甲斐のないようにも思われた。この老人を嚇すというほどの悪意でもなかったが、わたしは幾らか足音を忍ばせるように近寄って、老人のうしろから不意に声をかけた。
「お早うございます」
「やあ、これは……」と、老人は急に振り返って笑った。
「又お邪魔に出ようと思いまして……」
「さあ、いらっしゃい」
老人は飴売りに別れて、わたしと一緒にあるき出した。
「あの飴屋は芝居茶屋の若い衆でね」と、老人は話した。「飴細工が器用に出来るので、芝居の休みのあいだは飴屋になって稼いでいるんです」