聖アレキセイ寺院の惨劇
本文約32,400字 ・ 読了時間 約65分
あらすじ(AIが作成しました)
東京西郊のIの丘地に聳える聖アレキセイ寺院は、かつて白系露人の非運の象徴となっていた。荒廃した聖堂で殺人事件が発生した際、付近に居合わせた刑事弁護士の法水麟太郎と支倉検事は、事件直前に鳴り響いた異様な鐘の音と、そこに現れた侏儒のマシコフを巡り、凄惨な事件の深淵へと足を踏み入れる。事件に関与する堂守の娘たちの秘密や、鐘を媒介とした巧妙な犯行の手口など、隠された真相を法水が推理を通じて明らかにしていく様を描く。
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序
聖アレキセイ寺院――。世俗に聖堂と呼ばれている、このニコライ堂そっくりな天主教の大伽藍が、雑木林に囲まれた東京の西郊Iの丘地に、R大学の時計塔と高さを競って聳り立っているのを……。そして、暁の七時と夕の四時に嚠喨と響き渡る、あの音楽的な鐘声も、たぶん読者諸君は聴かれたことに思う。
ところで、物語を始めるに先立って、寺院の縁起を掻い摘んで述べておくことにしよう。――一九二〇年十月極東白衛軍の総帥アタマン・アブラモーフ将軍が、ロマノフ朝最後の皇太子に永遠の記憶を捧げたものが、このとてつもない阿呆宮だった。そして、一九二二年十一月までが、絢爛たる主教の法服と煩瑣な儀式に守られた神聖な二年間で、その間はこの聖堂から秘密の指令が発せられるごとに、建設途上にあるモスクヴァの神経をビリッとさせる白い恐怖が、社会主義連邦のどこかに現われるのであった。ところが事態は急転して、日本軍の沿海州撤退を転機に極東白系の没落が始まり、瞬く間に白露窮民の無料宿泊所と化したのであるが、一時は堂に溢れた亡命者達も、やがて日本を一人去り二人去りして、現在では堂守のラザレフ親娘と聖像を残すのみになってしまった。それにつれて、祈祷の告知だった美しい鐘声も古めかしい時鐘となってしまい、かぼそい喜捨を乞い歩く老ラザレフの姿を、時折り街頭に見掛けるのであった。
さてこうして、聖アレキセイ寺院の名が、白系露人の非運と敗北の象徴に過ぎなくなり、いつかの日彼等の薔薇色であった円蓋の上には、政治的にも軍事的にも命脈のまったく尽きたロマノフの鷲が、ついに巨大な屍体を横たえたのであるが、その矢先に、この忘られ掛けた余燼が赫っと炎を上げたと云うのは、荒廃し切った聖堂に、世にも陰惨な殺人事件が起ったからである。(読者は次頁の図を参考としつつお読み願いたい。)
一