地図にない島
本文約12,400字 ・ 読了時間 約25分
あらすじ(AIが作成しました)
海水浴場の監視所から望遠鏡を覗いていた中野五郎は、岩蔭に停泊する見知らぬ船を見つける。その船には震災で行方不明になっていた叔父の細川三之助が乗船していた。中野は船に招き入れられ、科学者が集い人工蜃気楼で隠された島で暮らしていることを知る。やがて島での実験に利用された中野は、海上のボートで目を覚ます。そこには自身と瓜二つの男がおり、自身の存在と現実の境界に疑念を抱きながら、通りがかった汽船に救助を求める。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
痛いばかりに澄み切った青空に、赤蜻蛉がすーい、すーいと飛んでいた。
「もう終りだね、夏も――」
中野五郎は、顔馴染になった監視員の、葦簾張りのなかに入りながら呟いた。
「まったく。もうこの商売ともお別れですよ……」
真黒に陽にやけた監視員の圭さんが、望遠鏡の筒先きに止まっている赤蜻蛉を、視線のない眼で見ていた。
夏の王座を誇っていたこのK海水浴場も、赤蜻蛉がすいすい現れて来ると、思いなしか潮風にも秋の匂いがして来た。波のうねりは、めっきり強くなったし、びっしりと隙間もないほど砂浜を彩っていた、パラソルやテントの数が、日毎に減って行った。いままでが特別華やかだっただけに、余計もの淋しかった。
「どれ……、又かしてもらうかな」
「…………」
圭さんは、一寸頷くように眼を動かしたきりだった。
中野は、そこに設えつけの、望遠鏡の接眼部を拭うと、静かに眼に当てた。
いつものように、水平線の方からずーっと見渡した。沖には肉眼では見えにくいが、舟が二艘出ていた。しかし、それきりだった。
こんどは右手の岬の方に、廻して見た。
――この、望遠鏡を覗く、というのはまあ一種の役徳ですよ、相当『珍』なのがありますからね、とは圭さんの笑いながらの話だけれどそんな意味ばかりでなく、中野は望遠鏡をのぞくのが好きだった。
たかが地上望遠鏡で、口径の小さい、倍率の低いものだったけれど、それでもこんな簡単な筒を通して見るだけで、肉眼では見えない向うの世界が手にとるように、引寄せられるというのが楽しかった。何か、人の知らないものを、自分だけこっそり楽しむという慾望が人間にあるのなら、望遠鏡は、たしかにその一つを味わわせてくれる機械である。
――岬の方にも、変った様子はなかった。釣りのかえりらしい男の歩いているのが見えたが、その魚籠のなかは、いくら見ても空ッぽらしかった。
が、望遠鏡の向きをかえよう、とした時だ。ふと岩蔭の窪みに、見馴れぬ船が舫っているのに気づいた。十噸ぐらいの白色に塗られたスマートな船だ。