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TORENDIA

ルクレチウスと科学

本文約40,400字 ・ 読了時間 約81分

あらすじ(AIが作成しました)

古代ローマの詩人哲学者ルクレチウスが提唱した元子論の科学的意義を論じる。微粒子の運動や知覚の限界など、二千年前の著作に記された記述が、現代の物理学に通じる予言的な洞察を含んでいることを指摘する。著者は、科学者が過去の古典から未知の可能性や新たな思考の光を見出すことの重要性を説き、本書を未来への黙示録として捉え、専門的な科学知識を持つ現代の読者へその価値を提示する。

寺田寅彦

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緒言

今からもう十余年も前のことである。私はだれかの物理学史を読んでいるうちに、耶蘇紀元前一世紀のころローマの詩人哲学者ルクレチウス(紀元前九八―五四)が、暗室にさし入る日光の中に舞踊する微塵の混乱状態を例示して物質元子(1)[#「(1)」は注釈番号]の無秩序運動を説明したという記事に逢着して驚嘆の念に打たれたことがあった。実に天下に新しき何物もないという諺を思い出すと同時に、また地上には古い何物もないということを痛切に感じさせられたのであった。

その後に私は友人安倍能成君の「西洋哲学史」を読んで、ロイキッポス、デモクリトス、エピクロスを経てルクレチウスに伝わった元子論の梗概や、その説の哲学的の意義、他学派に対する関係等について多少の概念を得る事ができた、と同時にこの元子説に対する科学者としての強い興味を刺激された。しかしてこの説の内容についてもう少し詳しい知識を得たいという希望をもっていたが、われわれのような職業科学者にとっては、読まなければならない新しい専門的の書物があまりに多いために、どうも二千年前の物理学を復習する暇がないような気がして、ついついそのままになっていたのである。

ところが、昨年の夏であったか、ある日丸善の二階であてもなくエヴリーマンス・ライブラリーをあさっているうちに

Lucretius: Of the Nature of Things. A Metrical Translation by William Ellery Leonard.

というのが目についた。そうして旧知の人にめぐりあったような気がしてさっそく一本を求め、帰りの電車の中でところどころ拾い読みにしてみると、予想以上におもしろい事がらが満載されてあるように感ぜられた。それからあちらこちらの往復に電車で費やす時間を利用してともかくも一度読了した。その後ある物理学者の集会の席上で私はこの書の内容の梗概を紹介して、多くの若い学者たちに一読を勧めたこともあった。

ことし(一九二八)になって雑誌ネチュアー(四月十四日発行)の巻頭紹介欄に

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