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TORENDIA

鐘に釁る

本文約2,000字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

古代中国で鐘を鋳る際に牛や羊の血を塗る風習について、物理学的な視点からその音響学的効果を考察する。本来は宗教的な儀式であった行為が、鋳造された鐘の微細な裂罅を埋め、音響欠点を補正する物理的な作用を持っていた可能性を提示する。分子物理学や界面化学の知見を引用し、金属と油脂の吸着力に基づく仮説を展開しながら、金相学と界面化学の協同によるさらなる研究の必要性を提言する。

寺田寅彦

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🎧 鐘に釁る / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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昔シナで鐘を鋳た後にこれに牛羊の鮮血を塗ったことが伝えられている。しかしそれがいかなる意味の作業であったかはたしかにはわからないらしい。この事について幸田露伴博士の教えを請うたが、同博士がいろいろシナの書物を渉猟された結果によると釁るという文字は犠牲の血をもって祭典を挙行するという意味に使われた場合が多いようであるが、しかしとにかく、一書には鐘を鋳た後に羊の血をもってその裂罅に塗るという意味に使われているそうである。孟子にはそれが牛の血を塗ることになっているのである。

鐘に血を塗るというのは、本来はおそらく犠牲の血によって物を祭り清めるという宗教的の意義しかなかったのであろうが、しかし特に鐘の割れ目に塗るということがあったとすると、それは何かしら割れ目のために生じた鐘の欠点を補正するという意味があったのではないかと疑わせる。そうしないと特に割れ目に塗るという言葉が無意味になってしまうのである。

もし空想をたくましゅうすることを許されれば、最初は宗教的儀式としてやっていた事が偶然鐘の音に対してある有利な効果のある事を発見し、次いでそれが鋳物の裂罅から来る音響学的欠点を修正するためだということに考え及び、そうして今度は意識的にそういう作業を施すようになったのかもしれないと思われるのである。

現在のわれわれの分子物理学上の知識から考えて、こういう想像は必ずしもそう乱暴なものではないということは次のような考察をすれば、何人にも一応は首肯されるであろうと思う。

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