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TORENDIA

文芸時評

本文約7,000字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

八月の雑誌に掲載された作品や評論を対象に、当時の文壇の動向を論じる。千人針を縫う人々の姿に見る社会状況や、トロツキーの著作の翻訳、ソヴェト同盟に対する世間の異常な関心を分析する。また、戦争を題材とした小説の表現や、批評家が書く創作のあり方について、文学的思想が抱える矛盾を指摘し、芸術家が持つべき誠実な批評精神と客観性の欠如を厳しく批判する。

宮本百合子

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八月の稲妻

読みたいと思う雑誌が手元にないので、それを買いがてら下町へ出た。町角と云わず、ふだんは似顔描きが佇んでいるようなところにまで女や男のひとたちが、鬱金の布に朱でマルを印したものと赤糸とをもって立っていて女の通行人を見ると千人針をたのんでいる。出会い頭に、ああすみませんがと白縮のシャツの中僧さんにたのまれたりして、小一時間歩く間に私は四五度針をもった。私は何か一口に云いきれない苦しい心持で光る針に三遍赤糸をからめては小さいコブをこしらえて、お辞儀をしてかえした。外科的な専門の立場で云うと、千人針を体につけていて弾丸に当ると、弾丸の方は比較的たやすく抜き出すことが出来るが、小さい糸こぶをもった布切れがどうしても傷の奥ふかく食いこんでのこって生命のために危険なのだそうである。こうやって道行く人々をとらえてその千人針を懸命にこしらえている人々は、そういう事実を恐らくは知っていないであろう。知っているにしても、せめてはそれも心やりからで、出征してゆくものの無事息災を希う家族の気持がじかに迫って来て、縫うことを冷たく拒み得ないものがある。

胸を圧される心持でバスにゆられてかえって来たら、私の住んでいる駅の方からバンザーイという沢山の人間の喉からしぼり出される絶叫が響いて来た。

昨今はこういう日常の雰囲気である。『中央公論』と『改造』とが北支の問題をトピックとしているほか、トロツキーの「裏切られた革命」の翻訳を別冊附録としているのは、誰しも一応の注目をひかれることである。『改造』の附録の方の翻訳署名責任者として荒畑寒村氏が、最後に「訳者の言葉」を附し、この四六判二百九十余頁に亙るトロツキーの「絢爛たる文彩、迫撃砲の如き論調、山積せる材料、苛辣なる皮肉」が結局「どんなに善意に解釈しても、ソヴィエットの社会主義的進化の実状に対するトロツキーの思想と思索方法とが全く動脈硬化的な抽象論を一歩も出ていない」という翻訳者として意見を表明しておられる。

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