図書館
本文約6,700字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
初冬の上野図書館を訪れた筆者が、戦前からの司書や、戦争を経て表情に変化をきたした青年閲覧者たちの姿に、時の移ろいと戦争の影響を重ね合わせる様子を綴る。また、かつて同図書館の婦人閲覧室を通じて形成された、職業や生活の基盤を持つ女性たちの友情と、その後の集いについても触れ、社会的な自立と連帯の重要性を論じる。
💰 この本を応援する(投げ銭)
あいそめ橋で電車をおりて、左手の坂をのぼり桜木町から美術学校の間にある通りへ出た。美術館の横手をのぼって、博物館前を上野の見晴しの方へ通じるこの大通りは、東京の風景がこんなに変った今もやはりもととあまり違わない閑静さをたもっている。美術学校の左側の塀を越して、紅葉した黄櫨の枝がさし出ている。初冬の午後の日光に、これがほんとに蜀紅という紅なのだと思わせて燃えている黄櫨の、その枝かげを通りすがりに、下から見上げたら、これはまた遠目にはどこにも分らなかった柔かい緑のいろが紅に溶けつつ面白く透いていて、紅葉しつつ深山の木のように重なりあっている葉の複雑な美しさにおどろいた。
電車の乗り降り場にしては、重々しすぎて陰気な京成電車の、何年もしまったきりの入口を見て左へ折れ、音楽学校前への通りをすぎると、木の下に赤いポストが立っている。そこが上野の図書館入口の目じるしである。きょうは曝書でもやっていてお休みではないかしら、余り久しぶりに行くんだもの、そう云いながら、本当に半信半疑でそこまで来た。けれども、前をゆく三人ばかりの、いかにも図書館の常連らしい中年の男の人々が次々植込みに消えるところをみれば、きょうは開館しているらしい。だらだら坂を、もと入場券売場になっていた小さい別棟の窓口へのぼって行った。そしたら、そこはもう使われていず、窓口から内部をのぞいたら板ぎれなどが乱雑につんであった。七年ばかり前、春から夏、秋、冬と、ちょいちょい通っていた頃は、ここの窓口で特別券を買って昔の新聞などを見た。戦争の間に、ここのしきたりもおのずからかわったのであろう。