いのちの使われかた
本文約1,900字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
人間らしく生きるという希望と、日々の労働環境の乖離について綴る。人間成長の箱であるはずの時間が、企業の利益のために消費される現状を論じる。特に勤労する人々にとって、労働時間の内容がいかに深刻な問題であるかを指摘する。また、男女平等の名のもとに隠された生活の困難や、職場での非効率な業務実態を考察し、労働者にとって真に人間らしさを取り戻すための課題について解説する。
💰 この本を応援する(投げ銭)
わたしたちが、ほんとに人間らしく生活したい、という希望を語るとき、誰がそんなことは生意気な望みだというだろう。みんな、わたしもそう思う、と答える。
ところが、実際の毎日の生活で人間らしく生きるということは雑作ないことだろうか。決してそうではない。こんにちの日本のすべての事情は、人間らしく生きるということに必要ないろいろの条件を欠いている。食糧の問題、住宅の問題、交通の問題そのほか。
いまの日本に特別つよくあらわれているそれらの困難については誰しも十分知っているけれども、勤労する人々の生活にとっては更にもう一つ深刻な問題がある。それは時間の問題である。
「時間は人間成長の箱である」そういう有名なマルクスの言葉がある。マルクスは、この詩人が言いそうな言葉を、賃労働の研究をした経済の本のなかに書いている。人間の一生は、それが一生として語られる本質から、時間の枠で押えられている。よしんばそれが八十年であるにしろ百年であるにしろ。――だから、人間がどう生きるかということは、生きている間の時間が、そのひとの幸福と人間らしい成長のために、どう使われ、内容をつけられたか、ということで決定する。マルクスが、経済学の本に、特に、賃銀とはどういうものかということを研究した本のなかで、世界の勤労者に、君たちの時間は、どう使われているか、ということについて注意をよびおこしたのは、実に意味ふかいことであった。君たちの時間はどう使われているか、ときかれたとき、二十四時間の大部分が、労働のため「時は金なり」という格言を一分も忘れない企業家の利益のために使われていることの人間らしくなさに苦しんで、アメリカの労働者は、はじめてのメーデーに八時間の労働、八時間の休息、八時間の教育というスローガンをかかげたのであった。