偽者二題
本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
山形県の山崎操と名乗る人物から、見覚えのない百円の借金返済を迫る手紙が届く。身に覚えのない債務に困惑する著者は、自身を騙る者の存在を確信する。さらに、長野県からも序文の礼状が届くなど、文壇の著名人の名を騙る人物による被害が続く。小説家の正体を見抜く難しさを説き、地方の文芸愛好家に向けて、安易に小説家を追い求めず偽者に注意を払うよう喚起する一編を収める。
💰 この本を応援する(投げ銭)
この夏僕のところへ、山形県から手紙が来た。手紙を出した人は、山崎操と云ふ人だつた。これが今迄、手紙を貰つたこともなければ逢つたこともない人だつた。
ところが、手紙をあけてみると、あなたに貸した百円の金を至急返してくれ、もし返してくれなければ告訴すると云ふのだから吃驚した。何でもその文面によると、僕が仙台の針久旅館とかに泊つてゐて、電報為替で金を取り寄せたと云ふのであつた。しかし僕は、山形県は勿論、仙台へ行つたこともなければ、況んや針久旅館などに泊つたこともない。
その山崎と云ふ人の手紙は、内容証明になつてゐたから、僕も早速内容証明で、あなたには逢つたこともなければ、金を借りた憶えは猶更ないと云つてやつた。それから僕は軽井沢に行つた。
すると又、その山崎と云ふ人の手紙が、東京から軽井沢へ転送して来た。今度は内容証明ではなかつたけれども、中をあけてみると、やはりあなたに貸した百円を返して下さいと書いてあつた。のみならず、わたしも病身ではあり女のことだからと書いてあつた。僕は、山崎操なるものの女だと云ふことを発見して気の毒にも感じたが、借りた憶えのない借金を返せ返せと云はれるのは不愉快に違ひなかつた。それからも一度、あなたに金を借りた憶えはない。あなたも借金の催促をする前に、あなたの知つてゐる芥川龍之介は本ものかどうか、確かめたらよいだらうと云つてやつた。
それぎり今日まで何とも云つて来ない。二度目の手紙は飯坂温泉から出したものだが、誰か僕の名前を騙つて、金を借りたやつがあるに違ひない。
さうかと思ふと、その前に長野県から何とか云ふ人が、盗難見舞の手紙をよこした。これも未知の人だつた。それにも係らず、手紙の末に、あなたに序文を書いて頂いて洵に難有いと書いてあつた。
勿論僕はその人の本に――第一どんな本を出したのかさへ不明である――序文など書いた憶えはなかつた。しかしその手紙には、生憎住所が書いてなかつたから、未だに、長野県の人には返事を出すことが出来ずにゐる。
これは一人僕ばかりではない。文壇の諸家の名を騙るものが、この頃は時々ゐるやうである。