本文へ移動
TORENDIA

人民のために捧げられた生涯

本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

尾崎秀実が獄中から家族へ宛てた書簡集の刊行に際し、その人間像と平和への情熱を綴る。治安維持法の下で軍事権力の犠牲となった著者の、過酷な状況においても揺るがない信念や愛娘への深い愛情、そして民主主義への願いを、残された手紙から読み解く。時代と条件の中で一個の人間が生き得る最も正直で誇り高い生き方を貫いた姿を描き出し、愛と勇気と堅忍をもって歴史に向き合うすべての精神へ向けて、その生涯の記録を捧げる一文である。

宮本百合子

速度
🎧 人民のために捧げられた生涯 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 2

尾崎秀実氏が獄中から書かれた書簡集がまとめられることになった。それについて、短い文章を書くようにとの依頼をうけた。

尾崎氏とその家族のために、永年心をつくしていられる友人たちは、決して少くないのである。それを思うと、私が何かを書くということは、ふさわしくないと遠慮された。しかし、夫人の御気持からもときき、『人民評論』二月号に「愛情は降る星の如く」という題で掲載された尾崎氏の書簡の一部を再びよみかえした。第一審判決後の第一信に「裁判長の趣意は、今の私の立場も心境も充分認めた上、命をもって国民に詫びよ、というのです」と平静に告げられている。そのくだりを読んだとき、私の心には一つの叫びがあった。「命をもって詫びよ。それは尾崎氏らを殺した人々に向ってこそ、国民が今日求める償いである。」そして、私は諒解したのであった。この心もちに、自由と正義を求めるすべての人民の情熱が凝っているのだ、と。

世界に類のない日本の治安維持法は、昭和三年に制定され、撤廃される二十年末までの十七年間に、約十万人の優秀な人々を犠牲とした。そして、日本を輿論のない軍力専制の鎖につないで、遂に歴史的な破局に導いた。尾崎秀実氏とその国際的な同志たちとは、日本の軍事権力が最後ののたうちで最も悪逆になり狂暴となったその時期の犠牲であったのである。

非道な力は終焉に瀕している、それだからこそ国際的な民主主義者の生命を奪うようなことさえせざるを得なくなって来ていることを、尾崎秀実氏は明瞭に知っていた。家族の方々の今後の生活方針について細々と書かれている中に、金銭の価値の変化によせてそれは予言されている。また、愛嬢楊子さんの勉強方針に関して、さりげなく示されている順序も、尾崎氏が、自身の思想構成の正当さについてゆるぎない信念をもっていられたことを示している。

尾崎氏は、或る時代と条件とのもとで、一個の人間が生き得る最も正直な、誇りたかい生きかたを貫かれた。人間中の人間らしい生活者であった。その美しさがうしおのように寸簡の裡にもみちているのである。

宮本百合子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本