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TORENDIA

壊滅の序曲

本文約29,000字 ・ 読了時間 約58分

あらすじ(AIが作成しました)

粉雪が舞う広島を訪れた旅人は、橋の上で不穏な終末の気配を感じ、友人に手紙を送る。一方、戦時下の街で暮らす正三は、殺伐とした世相の中で兄の清二や周囲の人々の歪んだ日常を目の当たりにする。建物疎開の危機に直面した家族や、失踪を繰り返す妻に翻弄される長兄、絶望を抱えながら生きる正三たち。戦争の影が色濃く漂うこの街で、人々は奇妙な静けさと焦燥感を抱えながら、運命に抗うように日々を送る。原子爆弾の投下まで、残されたわずかな時間を描く。

原民喜

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朝から粉雪が降つてゐた。その街に泊つた旅人は何となしに粉雪の風情に誘はれて、川の方へ歩いて行つてみた。本川橋は宿からすぐ近くにあつた。本川橋といふ名も彼には久し振りに思ひ出したのである。むかし彼が中学生だつた頃の記憶がまだそこに残つてゐさうだつた。粉雪は彼の繊細な視覚を更に鋭くしてゐた。橋の中ほどに佇んで、岸を見てゐると、ふと、『本川饅頭』といふ古びた看板があるのを見つけた。突然、彼は不思議なほど静かな昔の風景のなかに浸つてゐるやうな錯覚を覚えた。が、つづいて、ぶるぶると戦慄が湧くのをどうすることもできなかつた。この粉雪につつまれた一瞬の静けさのなかに、最も痛ましい終末の日の姿が閃いたのである。……彼はそのことを手紙に誌して、その街に棲んでゐる友人に送つた。さうして、そこの街を立去り、遠方へ旅立つた。

……その手紙を受取つた男は、二階でぼんやり窓の外を眺めてゐた。すぐ眼の前に隣家の小さな土蔵が見え、屋根近くその白壁の一ところが剥脱してゐて粗い赭土を露出させた寂しい眺めが、――さういふ些細な部分だけが、昔ながらの面影を湛へてゐるやうであつた。……彼も近頃この街へ棲むやうになつたのだが、久しいあひだ郷里を離れてゐた男には、すべてが今は縁なき衆生のやうであつた。少年の日の彼の夢想を育んだ山や河はどうなつたのだらうか、――彼は足の赴くままに郷里の景色を見て歩いた。残雪をいただいた中国山脈や、その下を流れる川は、ぎごちなく武装した、ざわつく街のために稀薄な印象をとどめてゐた。巷では、行逢ふ人から、木で鼻を括るやうな扱ひを受けた。殺気立つた中に、何ともいへぬ間の抜けたものも感じられる、奇怪な世界であつた。

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