ヒロシマの声
本文約960字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
広島を三年ぶりに訪れた筆者が、平和都市として再生を図る街の表情と、原爆体験者たちとの座談会を通じて感じた思いを綴る。かつての惨劇の痕跡が薄れ、和やかな風景へと変わりゆく街の無気味さと割り切れない感情を吐露し、講演会に集まる人々の熱気や看護婦の回想に触れる。筆者は自らの苦痛に満ちた叫びを重ねながら、再び地獄のような体験を誰にも味わわせないための平和への強い意思を、人類全体の課題として提示する。
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ペン・クラブの一行に加わって私はこんど三年振りに広島を訪れた。街は既に五年前の廃墟の姿とは著しく変っていて、見たところ惨劇の跡を直かに生々しく伝えるものは、あまりなかった。かつての凄惨な印象は一応とりかたづけられて、今はひたすら平和都市としての更生の途上にあるもののようだ。ガスタンクに残る光線の跡も、大阪銀行の石に偲ばれる人影も、産業奨励館の残骸も、それらは既に名所旧跡の趣を呈し、嘗てここが無数の屍で覆われ、死の叫びにつつまれていた土地のようでもない。そういえば、八月六日のあれは、あまりに急速で巨大な破壊だったので、人間らしい怨恨の宿る暇さえなかったのだろうか。陰々として地下に潜む亡霊といったようなものは、現在の広島の土地からは感じられない。だがそれでいて、何か無気味で割りきれない漠としたものが、この土地に住む者にも、ここへ訪ねて来る人たちの上にも、ひとしく胸に迫ってきて離れないのだ。
ペン・クラブの滞在中は恰度、天候も桜のあとの麗かな快晴に恵まれ、中国山脈と瀬戸内海を背景にした、この街はまことに和やかな表情をしていた。だが、それは悲劇のあとの、ひたすら美しいものを、和やかなものを求めようとする祈りのこもっている表情のようでもあった。
中央公民館で行われた「世界平和と文化大講演会」では、聴衆は扉の外にまで溢れ、みんなが熱心に何かを求めている犇めきが感じられた。その中には、恐らく原爆体験者ともおもえる相当年輩の男女の顔もみかけられた。
私がもっとも心打たれたのは、講演会の後で行われた原爆体験者たちとの座談会であった。あの当時、一週間あまりというものは、まるで睡眠もとれず、負傷者の手あてに無我夢中だったという日赤の看護婦さんの声は、回想談でありながら、熱涙にふるえていた。
人類は悪魔の意思にゆだねられその指さきによって破滅するのだろうか。いま地球の一角ヒロシマで盛りあがってゆく平和への意思が、人類全体の意思を揺さぶり昂めることはできないのだろうか。