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TORENDIA

塩花

本文約12,400字 ・ 読了時間 約25分

あらすじ(AIが作成しました)

山口専次郎は、精神と肉体が一如であると考える自身の恋にふさわしい身だしなみを整え、誇りを抱く。ある日、彼は知人の吉村を通じて魚住千枝子という女性の存在を知り、彼女に心惹かれる。のちに波多野邸での集まりで千枝子と再会した山口は、彼女に吉村の話を持ちかけて誘うが、拒絶されその場を立ち去られる。その後、門を出た彼は、千枝子と思われる人物が撒いた真白い塩の塊を拾い、正体を知ったのち、何かえたいの知れない沈思に陥りながらその場を去る。

豊島与志雄

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爪の先を、鑢で丹念にみがきながら、山口専次郎は快心の微笑を浮かべた。

――盲目的に恋する者はいざ知らず、意識的に恋をする者は……。

この、意識的に恋をするという自覚が、なにか誇らしいものと感ぜられたのである。そして今や、それにふさわしいだけの身づくろいが出来上りつつあった。

手の爪をみがくのが終りである。足の爪はもうきれいにつんであった。顔はきれいに剃られて、香りのよいクリームが皮膚にすりこまれていた。頭髪は昨日洗われたばかりで、櫛の歯が目立たぬようにとかされていた。髪を分けるのは気障であり櫛の歯の跡を残すのは野暮であって、長髪をふうわりとそして自然らしくとかすのが現代的技巧であった。

――なりふり構わずに女を想いつめる、そんな青年をよく見かけるが、それはただ性慾の奴隷にすぎない。真の恋をする者、つまり、精神と肉体との一如の恋をする者には、それにふさわしいだけの身だしなみがあるべき筈だ。風呂には、少くとも三日に一度ははいる。頭髪は、少くとも一週に一度は洗う。髯は、少くとも隔日に剃る。爪はいつも、長すぎず短かすぎず、そして決して垢を止めない。頸筋はもとより、特に耳朶を、きれいにしておく。鼻毛と指先のささくれ、これが何より禁物である。そういう身だしなみを、恋する者は当然に持たなければならない。なぜなら、恋は精神の美しさを要求し、その表現たる身体の清潔さを要求するからだ。当事者にとって、恋はすべて美しく清く、恋人はすべて美しく清く、随って恋する者自身も、美しく清くあらねばならぬ。醜く穢れた者の恋愛などは、自家撞着の甚しいものだ。もっとも、敗戦と衣食住窮乏と栄養不足とのこの時代には、多少の……。

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