植物人間
本文約12,500字 ・ 読了時間 約25分
あらすじ(AIが作成しました)
南紀の山中で道に迷った川島は、地図にない沼のほとりでボートに乗る少女・洋子と出会う。その小屋には、瓜二つの少女たちが三名暮らしていた。少女たちの父親と名乗る男は、彼女らを植物人間であると語り、川島を困惑させる。山を去る際に再び洋子の姿を崖の上に見つけた川島は、彼女が残した服の破片を手に、植物人間という説を疑いつつも、森の奥で繰り広げられる奇妙な生活と謎めいた少女たちの正体に思いを巡らせる。
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一
鬱蒼と膨れあがって見える雑木の森が、左右から迫っている崖に地肌も見えぬばかり覆いかぶさっていた。なんとなく空気までもが、しっとりとした重みを持っているようにさえ思われる。いかにも南国らしい眩しく輝く太陽も、幾重にも繁った葉や枝や幹に遮られて川島の足許に落ちて来るまでにはすっかり弱められていた。
川島は、両肩に喰い込んで来るリュックサックを、時々ゆすり上げるようにしながら、舌打ちをまぜて歩いていた。どうやら道を間違えてしまったらしいのだ。
南紀の徒歩旅行を思い立って田辺町から会津川を遡り、奇岩怪峰で有名な奇絶峡を見、あれから山を越して清姫の遺跡をたずねたまではよかったのだけれど、それから熊野川上流の九里峡にまで出る道のりを、自動車道路に沿って行くというのではなんとなく平々凡々すぎるように思われて、不図道を右に折れてみたのが、どうやら失敗の原因らしかった。
行くにつれて、何時しか小径は木立の間に消え失せ、地肌という地肌は、降りつもった朽葉にすっかり覆われてしまっていて、未だかつて人類などというものが踏んだこともないように、ふかふかと足を吸い込んでしまう始末だった。
しかし川島は、その実あまり弱ってもいなかった。少々ぐらいの道の迷いやそれについての苦労ならば、却って後までもハッキリした思い出になってくれるものである。バスで素通りしたところよりも、靴の底が口をあけてしまって藁で縛り乍ら引ずって歩いたところの方が、寧ろあとでは愉しい道なのだ。殊に暦の上の秋は来ても、この南国紀伊の徒歩旅行では、たとえ道に迷わなくとも野宿の一晩ぐらいはするつもりでいたのだ。リュックサックにも、その位の用意はしてある。
だから川島は、いくら道に迷っても、自分自身を遭難者だとは思っていなかった。舌打ちしながらも、何処か心の隅では
(到頭迷ってしまったぞ――)
といったような、期待めいた感じすら持っていたのだった。