弓道中祖伝
本文約9,600字 ・ 読了時間 約20分
あらすじ(AIが作成しました)
弓術を極めようと諸国を巡る若武士の日置正次は、応仁の大乱で荒廃した京の館に宿泊する。そこで正次は、隠れ住む老翁と篠姫という美女と出会い、彼らが強欲な浪人の集団から狙われていることを知る。正次は弓の卓越した技術と知識を認められ、一族に伝わる弓道の極意書『養由基』を譲り受ける。その後、館を襲った悪漢たちを正次が射殺して姫を救い、篠姫は周防の大内家へ旅立つ。後に正次は日置流を創始し、日本の弓道中祖として名を残す。
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「宿をお求めではござらぬかな、もし宿をお求めなら、よい宿をお世話いたしましょう」
こう云って声をかけたのは、六十歳ぐらいの老人で、眼の鋭い唇の薄い、頬のこけた顔を持っていた。それでいて不思議に品位があった。
「さよう宿を求めて居ります。よい宿がござらばお世話下され」
こう云って足を止めたのは、三十二三の若い武士で、旅装いに身をかためていた。くくり袴、武者草鞋、右の肩から左の脇へ、包を斜に背負っていた。手には鉄扇をたずさえている。深く編笠をかむっているので、その容貌は解らなかったが、体に品もあれば威もあった。武術か兵法かそういうものを、諸国を巡って達人に従き、極めようとしている遊歴武士、――といったような姿であった。
「よろしいそれではお世話しましょう。ここは京の室町で、これを南へ執って行けば、今出川の通りへ出る。そこを今度は東へ参る。すると北小路の通りへ出る。それを出はずれると管領ヶ原で、その原の一所に館がござる。その館へ参ってお泊りなされ。和田の翁より承わったと、このように申せば喜んで泊めよう。さあさあおいで、行ってお泊り」
云いすてると老人は腰を延ばし、突いていた寒竹の鞭のような杖を、振るようにして歩み去った。
若い武士は唖然としたようであった。
時は文明五年であり、応仁の大乱が始まって以来、七年を経た時であり、京都の町々は兵火にかかり、その大半は烏有に帰し、残った家々も大破し、没落し、旅舎というようなものもなく、有ってもみすぼらしいものであった。若武士が京の町へ足を入れたのは、たった今しがたのことであり、時刻はすでに夕暮であり、事実さっきからよい宿はないかと、それとなく探していたところであった。で、老人に呼び止められ、今のように宿を世話されたことは、有難いことには相違なかったが、それにしても老人の世話のしかたが、あまりにも唐突であったので、そこで唖然としたのであった。唖然としたが、それがために、老人の好意を無にしたり、老人の言葉を疑うような、そんな卑屈な量見を、その若武士は持っていないと見えて、云われたままの道を辿り、云われたままの館の前に立った。
さてここは館の前である。