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TORENDIA

戯曲集『鴉』の印象

本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

関口次郎の第二戯曲集『鴉』に収められた九篇の作品を、作者の岸田國士が批評する。肺を病む文学者を描く『秋の終り』に見られる写実的手法やモラリストとしての姿勢、新機軸として挑む『女優宣伝業』などの笑劇、そして人間の心理的詩趣や皮肉な視点に至るまで、各作品の特色と課題を具体的に分析する。本作を通じ、劇作家として本格的な道を歩み続ける関口の将来的な可能性と、近代日本演劇における重要性を論じる。

岸田國士

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関口次郎君の第二戯曲集が出た。

目次に関係なく、作品の出来栄えから、と云ふよりも、寧ろ、僕の好みから本書に収められた九篇の戯曲に等級をつけるとすれば、先づ左の如くであらう。

秋の終り

女優宣伝業

鴉

乞食と夢

勝者被勝者

真夜中

彼等の平和

夜

女と男

此の等級のつけ方に、作者は或は不服かも知れぬが、それはそれでいゝのだ。僕は、関口君の特質が最も高く発揮された作品でなければ、寧ろ、彼に幾分欠けてゐるもの、或は、彼が常に求めてゐるものを、勇敢にその中に取り入れ、執拗に之を追ひまわしてゐる作品に多大の興味を惹かれるのである。

『秋の終り』は関口君の云はゞ本領である。そして、その本領たるモーラル・センスの批判が最も清澄な表現に達し、一脈の詩味をさへ湛へて、渾然たる芸術的完成を示してゐる。その手堅い写実的手法を裏づけるしめやかな哀感は、かのヴイルドラツクの『寂しい人』の一場面を思はせるが、それよりも、これは一層切迫した呼吸使ひを感じさせる点に於て、作者の神経が尖つてゐると云ひ得るだらう。勿論、此の主人公は肺を病む文学者である。身辺の蕭条を感じる程度に於て何程かの違ひはあらう。しかも、此の作者は、故ら、その苦悶を外面に爆発させてゐる。此の一点で、僕は、少し云ひ分がある。

それにしても、関口君は、独逸文学の専攻であるにも拘はらず、甚だ平明な考へ方を好んでゐる。従つて、読者の理解を困難にするやうな一切の物の言ひ方を避けてゐるらしく見える。その為に、どうかすると却つて、理に落ちるといふやうなところがないでもないが、その代り、よくわれわれ未熟な作者どもが陥るかの接合点や、思はせぶりがなくて頗るよい。

『秋の終り』一篇が代表する関口君は、当に思想的に云ふところのモラリストである。虚偽と、我慾と、暴虐に対する人間本性の声に絶えずつゝましく耳を傾けてゐる。そして、それはまた因襲的道徳に対する反抗であり、罰せられざる罪悪に対する良心の眼くばせである。

モラリストであるためには、必ず理想主義者でなければならないといふわけはない。

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