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TORENDIA

女性へ 2

本文約1,000字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

日本の全女性が精神的にも肉体的にも「男勝り」であるべきだと説く。慣習にとらわれず、自身の生理的条件に適した仕事を見極め、凛々しく社会で活動する姿勢を求める。外で働くことと家を守ることは矛盾せず、むしろ外で立派に働ける能力こそがこれからの家庭を強固に支えると論じる。時代に応じた新しい美と力を追求し、建設的な社会参加を目指す若い女性の育成と訓練の必要性を綴る。

岸田國士

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🎧 女性へ 2 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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昔から男勝りといふ言葉がある。今やわが日本の全女性は、一人のこらず男勝りになつてもらはねばならぬ。女性には適しないと思はれてゐる仕事でも、よくその仕事の性質を吟味してみると、それはたゞ習慣的にさう思はれてゐたゞけで、実際は、女性の本能にも適ひ、女性の生理的条件に適せぬといふ理由も成立たぬものがずいぶんある。

女性の生命は「美」であると云はれるが、この美しさといふものが、時代によつても、また、環境によつても違つてゐることはいろいろの例でこれを示すことができ、平和に慣れた社会にのみ通用する「美」なるものが、いかに戦乱の世にふさはしからぬ調子のものかは、今日、誰の眼にもはつきりわかるのである。

男勝りといふ言葉は、主として精神的な意味に用ひられてゐるやうだが、容貌姿態に於ても、私たちは、日本の女性が、もつと、凜々しさを尊重し、手弱女などゝいふ呼び方をされることを厭ふやうになつてほしい。女はしほらしくあれといふのは、これは男だけで万事が処理できた時代の要求である。しほらしさは、むろん女の強さともなるものであるが、ひとたび方向を間違ふと、たゞ消極的な男性の玩弄物たるに甘んじるひとつの風情に過ぎないのである。

近頃しほらしいなどゝいふ女性が一人でもあるかといふ見方もあるだらう。実際はないかも知れぬが、さうあらうと努めて、実はたゞ、なよなよとしてゐるだけの若い女性がないことはない。一方では、見たところ、だいぶん活溌で男などは眼中にないやうな、或は却つてさまざまな男性で眼の中がいつぱいになつてゐるやうな近代娘が、都会にはちらほらしてゐる。さういふ活溌組は、案外、女の「特権」をふり廻して、男の手伝ひなどはしたがらぬものである。

新しい女性の力と美が、既にどこかに生れつゝあることを私たちは信じてゐる。

工場に、農村に、都市のまんなかに、健かな肉体と、「仕事」をもつことを矜りとする精神とが、きりゝとした表情となつて、明るい大空のもとを、建設へ! 建設へ! と歩み行く姿を想像する時、日本の将来のために、私たちは女性万歳と唱へたくなる。

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