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TORENDIA

隣組長として

本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

隣組長を引き受けた著者が、時局に追われ遠大な理想を欠いた政治指導や町内会の運営方針に対し疑問を投げかける随筆。目先の事務処理に終始する行政の在り方を批判し、国民の生活文化向上や郷土の理想化といった精神的な基盤が必要であると主張する。組内に独自の係を設けて生活向上を図る自身の試みを通じ、真に国家の理想を追求する国民生活の構築について論じる。

岸田國士

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🎧 隣組長として / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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私は今度隣組長の役を買つて出た。買つて出たといふ意味は、別に選挙をされたわけでもなく、特にみんなから私にやれと強ひられた覚えもないが、最近の常会で、どうも私自身この役を引受けた方がいゝといふ気にふとなつたからである。(昼間、家でぶらぶらしてゐるのは私だけだといふ負け目もあつて)

かねて私は、今の政治が、当面の問題、殊に、戦争の経過につれて、どうしても急に解決しなければならぬ事柄の処置に没頭しがちで、国家百年の計を樹てるといふやうな点にあまり注意が向けられてゐず、為政者も、口では遠大な理想を説くけれども、実際政策の実行に当つては、云はば、目の前の仕事に追はれ、国民の指導と云つても、すぐに結果の現はれる要求のみを突きつける有様である。

もちろん、国民として、個々の国策に協力することは絶対に必要であるのみならず、それによつてこの戦ひを勝ち抜くといふ信念をあくまでも固く持してゐなければならぬが、私は、少くとも、国民の一人として、われわれの生活が、今日の指導者の指導に従つてゐるだけで、果して、日本人としての誇るべき生活にまで築きあげられるかどうか、大に疑ひをもつものである。

あとは個人々々の心掛けにあるといふなら、私はそんな無責任な指導ならまつ平ご免を蒙りたい。国民は、政府のためにあるのではなく、国家のためにあるのである。国民の指導は、国家の理想顕現を目標として行はるべきであり、焦眉の急に応ずることを口実として、日本人の生活を精神的に涸渇させるやうなことがあつては、まことに由由しいことである。

本日、私は、はじめて、町内会の常会に出席し、当局の熱心な態度に敬服したが、この伝達事項と、指導の要点が、悉く事務的な今明日の問題のみであつて、辛うじて町内会員の生活現状を維持するに必要な事柄が指示されるだけで、いはゆる「建設の目標」が何処におかれてゐるかさつぱりわからない。かゝる常会の空気は、私には物足りないのである。私は、茲に面倒な理窟を云はなくても、町内会の事業なり、運動の方向なりに、是非とも、「町内の郷土化」更に進んで、「郷土の理想化」の精神が、その片鱗だけでも見えてゐたならと思ふ。

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