文化とは
本文約22,300字 ・ 読了時間 約45分
あらすじ(AIが作成しました)
明治末期から用いられるようになった「文化」という言葉を考察する論考。西洋由来の概念でありながら、日本固有の精神的伝統に基づく実体を持つものであるとし、物質中心の「文明」との違いを論じる。また、精神力の開発や生活の心構えとしての文化の意義を説き、現代の安易な言葉の氾濫や、娯楽と混同する風潮に対して苦言を呈しつつ、精神の調和と高貴な品位を保つことの重要性を説く。
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一
「文化」といふ言葉の意味から説明していきませう。
元来この言葉は日本語としてさう古い言葉ではなく、多くの学問上の言葉と同様に、これも西洋の言葉を翻訳して出来たもので、明治の末頃から使はれだした言葉であります。尤も、それ以前に「文化」といふ年号もあり、この熟語が拠つて来たところを吟味すれば、まつたく新しい造語だとは云へますまい。しかし、現在普通に用ひられてゐる「文化」といふ言葉はそれと関係はなささうに思はれます。
原語はドイツ語のクルトゥア、フランス語のキュルチュール、英語のカルチュアと、それぞれ同じラテン語の系統をひいた言葉でありますが、さういふ詮議は、いまは必要ありますまい。たゞ、言葉によつて現された概念としては西洋からはひつて来たものだけれども、その実体は決して西洋にのみあつて日本にないものではないといふことをこゝではつきりさせておかなければなりません。つまり、西洋には西洋の「文化」があり、一口に西洋文化と云つても、それぞれの国に固有なものと、多少相通じるものとがあるやうに、同じ東洋のなかでも、特に日本には日本固有の「文化」があるのであつて、たゞ、日本では、西洋で考へるやうに、ひとつの特別な概念として、それを昔から一定の言葉であらはしてゐなかつたといふだけであります。
さういふ例は、ほかにいくらでもあります。
さて、それなら、「文化」といふ言葉をわれわれはどう解釈したらよろしいか。これも、参考のために西洋の原語についてしらべてみると、これはラテン語の「耕す」とか「栽培する」とかいふ意味の言葉から出てゐるので、つまり、人間の生活を土壌にたとへ、これを原始の姿から理想の姿に高めるために、あらゆる工夫努力を加へる、その過程を指すのであります。