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TORENDIA

女に臆病な男

本文約12,400字 ・ 読了時間 約25分

あらすじ(AIが作成しました)

独身アパートに暮らす極度の内気な青年・村瀬は、女性を前にすると激しい狼狽や身体の震えに襲われる「ガール・シャイ」という心身の変調に悩んでいる。周囲の明るく快活な友人たちは、村瀬の性格を矯正しようと画策し、彼が家庭教師先で慕う少女・冬子との仲を取り持とうと悪戯を仕掛ける。彼らの介入と周囲の思惑が絡み合う中で、内気な青年の日常は大きく揺れ動き、やがて予期せぬ変化と騒動がアパートの住人たちを巻き込んでいく。

牧野信一

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一

務めの帰途、村瀬は銀座へ廻つて、この間うちから目星をつけておいた濃緑地に虹色の模様で唐草風を織り出したネクタイを一本購つた。六円あまりだつた。――少々自分の分在には不相応のやうでもあり、失敗したかな? といふ軽い不安と、別に、つゝましく豪華な買物をしたやうな秘かな興奮を覚えながらいそいそとしてバスに乗つた。然し、バスに揺られながら尚もポケツトにしまつたネクタイのことを考へると、たつたそれ一本が若者らしくもなく何時も地味な暮しをしてゐる自分の傍らに突然不似合にも開いた美しい花のやうでもあり、彼はひとりでに顔のあかくなる思ひに襲はれた。

「少々、のぼせ過ぎてしまつたかな!」

彼は思はず口のうちで、そんなことを呟くと、厭に胸の先がわくわくとして来て、後悔の念に襲はれたりした。……「自分が若し斯んな派手なものを結んだら、さぞアパートの連中がひやかすことだらうな!」

左う思ふと村瀬は益々テレ臭くなつて、途方に暮れた。――村瀬が居る六階建の独身アパートは、元気一杯な朗らかな学生や若い務め人で満員だつた。まつたくネクタイ一本でも、誰それは近頃急におしやれになつたとか、恋人が出来たに違ひないとか――皆な奇妙に仲が善くて寄るとさわると、若々しい冗談を飛し合つて、恰でハイデルベルヒの学生達のやうだつた。その中で村瀬ひとりだけが、変なはにかみやで冗談はおろか、大きな声では笑ひ声ひとつたてられぬ程の内気者で、これはまた明るい花園の中のたつた一本の日蔭の蔓のやうであつた。自然彼だけは別物扱ひにされて、却つて滑稽視される傾きで彼等は彼だけを、

「村瀬さん――」

と、さんを付けて称ぶといふ風だつた。身装でも物腰でも誰に比べても自分が一番野暮であると村瀬は知つて居たが、これまでついぞそんなことを気にもかけなかつたのに、どうも近頃、やはり青年は青年らしく陽気で、酒も飲め、唄も歌へて、そして身装なども相当にパツとしてゐる方が、

「幸福に違ひない……」

と考へられてならなかつた。彼は稍ともすれば卓子の上に鏡を立てゝ、凝つと自分の顔を眺めるといふ癖が出来た。そして、

「この顔だつて、仲々凜々しいところがあるではないか!」

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