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TORENDIA

ミケランジェロの彫刻写真に題す

本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

ミケランジェロを造型の権化と位置づけ、その彫刻作品に宿る宇宙的な性質と彫刻理法を論じる。キリスト教とギリシャ芸術の融合、人間苦の表出といった観点から、その芸術が持つ全人的な意義を考察する。また、ミケランジェロからロダンに至る西欧彫刻の系譜に触れつつ、動揺する現代において、東方の新たな視点からその高次の彫刻性を再評価することの重要性を説く。

高村光太郎

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ミケランジェロこそ造型の権化である。

造型の中の造型たる彫刻は従ってミケランジェロの生来を語るものであり、ミケランジェロの他の営為――土木、建築、絵画、詩歌の類はすべて彼の彫刻家的幽暗の根源から出ている。彼の眼に映ずる世界は一切彫刻的形象としてうけ入れられ、彼の精神の訴は一切彫刻的形象の様相を以て語られる。此の場合に於ける彫刻とは言わば高次の彫刻を意味する。彼の手に成る個々の彫刻は斯かる高次の彫刻自体から直流する彫刻的彫刻に外ならず、此の根源の彫刻性を深く会得しなければ彼の個々の彫刻の持つ奥深い宇宙的性質は究められない。彫刻的面の力学的構成の大から、一本の指のさき、一片の衣襞の屈曲の小に至るまで、それは表面的顕現を統率する彫刻理法の中心につながり、その妙味の汲みつくし難い大洋のような分厚い重さ、重畳たる山又山のような積みかさなりの深さは、まことに世界の中に形成せられた一種別個の世界を見る思がする。

キリスト教芸術の厳しさと、ギリシャ芸術の豊かさとが此所に全く融合し、更に近世的人間苦の抒情性、爆発性を内蔵して、遠くして近く、近くして遠い此の全人的芸術が生れた。ミケランジェロは近世初頭に於いて能く人類の持つ彫刻的能力を出し尽した観があり、従って以後数世紀に亘って、人類の人生観世界観の革新せられない限り、人はただ彼の彫刻の前に慴伏する外はなかった。そしてただ徒にその表面様式を硬化させている外はなかった。彼以後の西欧彫刻は、遠くロダンの出現に至るまで、言わば蛇足を加えていたに過ぎない。ミケランジェロが近世初頭に於ける人間解放を意味するとすれば、ロダンは近世末期に於ける資本主義的成熟と崩壊との形象的象徴を意味するという点に於いて、ロダンが僅にミケランジェロの前に立ち得るのである。

今世界の秩序は甚だしい動揺の中に居る。かかる世紀にあるわれわれ東瀛の民族が又改めてミケランジェロを静観することは意味深い。此の近世初頭に於ける人類の造型的権化をわれわれ東方の新らしい眼と心とを以てもう一度直視することは意味ふかい。

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