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TORENDIA

月明夜々

本文約4,000字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

文壇の技巧的傾向を批判し、芸術の真髄である構図や作品を一貫する線を考察する。本書は、吉田、宮地、正宗、島崎ら同時代の作家や作品を批評するほか、文学と人生の関わりについて論じる。中沢の思想への分析や、自身の社会状況への見解を綴りながら、表現の巧拙よりも芸術家の心や態度を重視する姿勢を示す。静かな秋の夜、月光と木犀の香りが漂う中で執筆された、文学に対する真摯な思索を収める。

田山録弥

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この頃の文壇の傾向は全く技巧的になつた。わるい意味に於ての一昔以前への復帰である。宇野氏の作物のごとき、芥川氏の作物の如き――。

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技巧をもつて人を惹きつけるといふことも、さう楽なことではないけれど、作者自身から言つて、さうしたことに倦む時が来ないであらうか。もつと本当のことを求むる心――自己をそのまゝ出さずにゐられないやうな要求を心に感じて来ることはないであらうか。或はさうした技巧家は、その心すべてが技巧そのものになつて了つてゐるので、さうした要求は竟に起すことがなくて、すんで了ふのであらうか。

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常に自己ばかりを問題にしてゐる人々、自己のことは全く棚に上げて置いて、他の世界即ちお話の世界にのみ生きてゐる人々の別を私は考へずにはゐられない。何故なら、かうしたところから、人生派と芸術派の区別が起つて来てゐるから。技巧派と内容派の区別が萠して来てゐるから――。

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自己ばかりを問題にしてゐる人も始末に困るが、芸術ばかりに没頭して、それより他に人生がないやうに思つてゐるものも私には余り賛成が出来ない。矢張此処にも有にして無、無にして有、自己にして自己にあらず、芸術家にして芸術家にあらずといふところがなければならないのを私は見る。

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言つたり、語つたり、書いたりするものよりも、更に一歩先きのもの――すぐれた芸術は常にそこに眼をつけてゐるものである。時に由つては、書いてあることとは丸で反対のことを表はさうとしてゐるやうな場合なども、すぐれた芸術には、よくあるものである。

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構図といふことは、誰にも大切なことである。つまり自然の構図――何うしてもさうなつて行かなければならない構図、さういふところに眼を着けてゐるものの此頃尠くなつたのは遺憾だ。構図はことに読後の気分に非常に影響するものである。構図にムラがあつたり、疎密があつたりすると、統一された感じは、全く破られて了ふものである。

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