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TORENDIA

血を吐く

本文約3,900字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

中禅寺湖畔の宿で自堕落な生活を送る「自分」のもとに、妊娠中の妻おせいが東京から駆けつける。金策に窮し酒浸りの日々を送るなか、親交のあった青年官吏との別れや孤独に打ちのめされ、ついに血を吐いて昏睡状態に陥る。極寒の山中で死を覚悟しつつも、見舞いに来た妻の献身的な支えと青年が残した歌に温かみを感じながら、山を下りる決意と葛藤を描く物語。

葛西善藏

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🎧 血を吐く / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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おせいが、山へ來たのは、十月二十一日だつた。中禪寺からの、夕方の馬車で着いたのだつた。その日も自分は朝から酒を飮んで、午前と午後の二囘の中禪寺からの郵便の配達を待つたが、當てにしてゐる電報爲替が來ないので、氣を腐らしては、醉ひつぶれて蒲團にもぐつてゐたのだつた。

「東京から女の人が見えました」斯う女中に喚び起されて、

「さう……?」と云つて、自分は澁い顏をして蒲團の上に起きあがつた。

おせいは今朝の四時に上野を發つて、日光から馬返しまで電車、そこから二里の山路を中禪寺までのぼり、そしてあのひどいガタ馬車に三里から搖られて來たわけだつた。自分は彼女の無鐵砲を叱責した。おせいはふだん着の木綿袷に擦り切れた銘仙の羽織――と云つて他によそ行き一着ありはしないのだが――そんな見すぼらしい身なりに姙娠五ヶ月の身體をつゝんでゐるのだつた。

「そんなからだして、途中萬一のことでもあつたら、たいへんぢやないか。誰がお前なんかに來いと云つた! 默つて留守してゐればいゝんぢやないか。それに女一人で、來るやうなとこぢやないぢやないか!」自分はいきなりガミ/\怒鳴りつけたので、彼女は泣き出した。

「これでも、いろ/\と心配して、ゆうべは寢ずに……そして……斯うしていろ/\と心配してやつて來たんですのに……」彼女は、斯う云つてしやくりあげた。

雜誌社に金を借りにつたこと、下宿でも、自分が二ヶ月も彼女ひとり打ちやらかして置いて歸らないので非常に不機嫌なこと、そんなことを冗々と並べ立てた。聽いて見ると尤もな話だつた。が折角の彼女の奔走甲斐もなく、彼女の持つて來た金では、またも、宿料に追付かなくなつてゐた。

「よし/\、わかつた。それではまた、なんとか一工夫しよう。折角來たついでだから、四五日湯治するもいゝだらう。それにしても君は、亂暴だねえ! そんなからだして……」

二三日前に初雪があつた。その雪どけのハネが、彼女の羽織の脊まであがつてゐた。

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