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TORENDIA

蠢く者

本文約14,300字 ・ 読了時間 約29分

あらすじ(AIが作成しました)

持病の脚気に苦しみながらも散歩を日課とした父の姿は、生活に疲弊した「私」の心を明るく照らした。父の死後、貧困と孤独の中で同棲相手のおせいと共に不安定な生活を送る「私」は、震災の混乱の中で彼女の抱える深い悲しみと執着に触れる。自らの弱さと向き合いながら、再び歩み出そうとする一人の男の葛藤を描く。

葛西善藏

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父は一昨年の夏、六十五で、持病の脚氣で、死んだ。前の年義母に死なれて孤獨の身となり、急に家財を片附けて、年暮れに迫つて前觸れもなく出て來て、牛込の弟夫婦の家に居ることになつたのだ。その時分から父はかなり歩くのが難儀な樣子だつた。杖無しには一二町の道も骨が折れる風であつたが、自分等の眼には、一つは老衰も手傳つてゐるのだらうとも、思はれた。自分も時々鎌倉から出て來て、二三度も一緒に風呂に行つたことがあるが、父はいつもそれを非常に億劫がつた。「脚に力が無いので、身體が浮くやうで氣持がわるい」と、父は子供のやうに浴槽の縁に掴まりながら、頼りなげな表情をした。流し場を歩くのを危ぶながつて、私に腕を支へられながら、引きずられるやうにして、やうやくその萎びた細脛を運ぶことが出來た。

「こんなに瘠せてゐるやうで、これでやつぱし浮腫んでゐるんだよ」と、父は流し場で向脛を指で押して見せたりした。

「やつぱしすこし續けて藥を飮んで見るんですね」

「いや、わしの脚氣は持病だから、藥は效かない。それよりも、これから毎日すこしづつそこらを歩いて見ることにしよう。さうして自然に脚を達者にするんだな。そして通じさへついて居れば……」と、父はいつも服藥を退けた。

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