「地熱」について
本文約1,600字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
人間が過去を振り返った際に抱く、気づかずに通り過ぎてしまった愛情や貴重な体験に対する消えない悔いを描く。作者が青少年時代に炭坑や土方などの労働現場で触れ合った庶民の人々をモデルに登場人物を構成し、彼らの生活感や心情を反映させる。北九州の山道で感じた、冷たい地面の底から伝わる安心感と生命を支えるような温かさを「地熱」と名付け、自らの深い経験に基づいた人間愛の機微を綴る戯曲である。
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この作品は、今から十五六年前、丁度僕が井上演劇道場と云ふ中間演劇なるものに関係してゐた頃、直接には井上さんの委嘱で書いたものですが、この作品そのものを書きたい気持はかなり古くからもつてゐたものです。
これが上演された時の配役は主人公の留吉を井上正夫、女主人公の香代を水谷八重子、お雪を岡田嘉子、その他当時の良心的な新派の役者が大勢出ました。
演出は、岡田嘉子と共に越境して、すでに亡くなつた杉本良吉で、東京劇場で上演され、かなり好評でした。
僕のすべての作品が急に思ひ立つて書いたものではないのですが、この「地熱」も又然りです。その当時のある種類の観客は、三好が新派からたのまれて書いたので、新派くさい芝居だと云ひました。私は弁解することが嫌ひなので、弁解はしなかつたけれども、実はさうではないので、僕が前から持つてゐて、書きたいと思つてゐたものを書いたので、僕としては一生懸命書いたものなのです。その後どこでも上演しなかつたのが、今度戯曲座でやることになつたのは、僕としては一種の感慨があります。
この作品のテーマとなつてゐる一番大きいものは、人間が自分の過去をふり返つて見るとき、自分が実際経験してゐながら、気づかず、そのまゝ通り過ぎてしまふことがたくさんあります。愛情の問題など特にさうです。あとで振り返つてみて、しまつた、あの時自分はあんなに貴重なものを与へられてゐながら、知らずに過ぎてしまつたと、あとになつてどうにもあきらめきれない悔い、なさけない、辛い、同時に味はひ深い、切ない悔い、さう云ふものがあります。僕の小さい時からの生活で、あの時、自分はこんなにも美しいものを、人からも、自然からも、貰つたのに気づかずに通り過ぎたと云ふことを考へて、非常に後悔することが多いので、その時の事を考へてみて、それを掘り起し乍ら書いたものです。
ですから、戯曲座で演ぜられる場合にもさう云ふ風な点を生かし乍らやつてほしいと希望します。