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TORENDIA

囚われたる現文壇

本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

現実とは客観的実在であると同時に主観的実在であり、芸術家が自らの生活と精神をもって現実に徹することの重要性を論じる。小川未明は、作者自身の生活に深い感激や強固な信念が欠如している現状の文壇を批判し、真の芸術は民衆の生活に根ざし、人間性の深淵を提示するものでなければならないと説く。芸術家が現実を直視し、犠牲的精神を持って社会や人間と向き合う姿勢こそが、民衆の胸を衝く普遍的な力を生むと主張する評論である。

小川未明

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🎧 囚われたる現文壇 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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いかなる主義と雖も現実から出発していないものはない。現実を有りのまゝの静止したもの、固定したものと見做すのが間違っている。現実はどうともすることの出来ない客観的の実在であると同時に、また極めて主観的な実在である。我々が懐く凡ゆる感情、例えば怒り、憎しみ、または愛にもせよ、凡ての感激、冒険といったようなものは、人生及び自然から生起してくる刺戟である。この人生及び自然の存在を措いて、現実はない筈である。それであるから現実に徹することは、自己の生活に徹するに外ならないのである。もし其処に似而非現実主義というものがあると仮定すれば、それは自己のない生活である。個性のない生活である。而してそうした生活から生れる所の芸術は、形式の芸術、模倣の芸術である。

今の文壇が平凡だというのは、必ずしも作者が平凡を以て主義としているからではない。また現代の作家が斯くの如き感激に乏しい生活に人生の深い意義を見出そうとして、ものを書いているわけでもない。要するに、作者自身の生活に感激がないから、その作品が凡庸に堕するのである。私は現実というものがそんな平凡無味なものと信じないと共に、また如何に作の形式ばかりが変ったからとてそれが直ちに現実を超越したものだとも考えない。現実主義は言い換えれば人間主義である。人は一面、保守的であると同時に、またそれを破壊し行く冒険性を持っているものだ。本当の意味に於ける人間生活の歴史は、平和にしろ、革命にしろ、みな現実主義に立脚している。我々は未だ曾て現実に立脚しない仕事の成功した例を聞かない。例えば如何なる運動でも如何なる主義でも。

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