三国志
本文約147,500字 ・ 読了時間 約295分
あらすじ(AIが作成しました)
群臣を人質に取り横暴を極める李と郭による混迷の都で、窮した帝が忠臣に救いを求める中、李は妖しげな巫女の助言を盲信する。一方、呂布は敵対する劉備と紀霊を強引に招いて和睦の仲裁を試みるが、曹操は呂布を討つべく着々と包囲網を築く。追い詰められた呂布は籠城して決戦に備えるが、曹操軍の厳重な監視により、その命運は冬の訪れとともに風前の灯火となる。権謀術数の渦巻く人間模様を描く。
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巫女
一
「なに、無条件で和睦せよと。ばかをいい給え」
郭は、耳もかさない。
それのみか、不意に、兵に令を下して、楊彪について来た大臣以下宮人など、六十余人の者を一からげに縛ってしまった。
「これは乱暴だ。和議の媒介に参った朝臣方を、なにゆえあって捕え給うか」
楊彪が声を荒くしてとがめると、
「だまれっ。李司馬のほうでは、天子をさえ捕えて質としているではないか。それをもって、彼は強味としているゆえ、此方もまた、群臣を質として召捕っておくのだ」
傲然、郭は云い放った。
「おお、なんたることぞ! 国府の二柱たる両将軍が、一方は天子を脅かして質となし、一方は群臣を質としてうそぶく。浅ましや、人間の世もこうなるものか」
「おのれ、まだ囈言をほざくかっ」
剣を抜いて、あわや楊彪を斬り捨てようとしたとき、中郎将楊密が、あわてて郭の手を抑えた。楊密の諫めで、郭は剣を納めたけれども縛りあげた群臣はゆるさなかった。ただ楊彪と朱雋の二人だけ、ほうりだされるように陣外へ追い返された。
朱雋は、もはや老年だけに、きょうの使いには、ひどく精神的な打撃をうけた。
「ああ。……ああ……」
と、何度も空を仰いで、力なく歩いていたが、楊彪をかえりみて、
「お互いに、社稷の臣として、君を扶け奉ることもできず、世を救うこともできず、なんの生き甲斐がある」と歎いた。
果ては、楊彪と抱きあって、路傍に泣きたおれ、朱雋は一時昏絶するほど悲しんだ。
そのせいか、老人は、家に帰るとまもなく、血を吐いて死んでしまった。楊彪が知らせを受けて馳けつけてみると、朱雋老人の額は砕けていた。柱へ自分の頭をぶっつけて憤死したのである。
朱雋でなくとも、世の有様を眺めては、憤死したいものはたくさんあったろう。――それから五十余日というもの、明けても暮れても、李、郭の両軍は、毎日、巷へ兵を出して戦っていた。
戦いが仕事のように。戦いが生活のように。戦いが楽しみのように。意味なく、大義なく、涙なく、彼らは戦っていた。
双方の死骸は、街路に横たわり、溝をのぞけば溝も腐臭。木陰にはいれば木陰にも腐臭。――そこに淋しき草の花は咲き、虻がうなり、馬蠅が飛んでいた。