三国志
本文約169,800字 ・ 読了時間 約340分
あらすじ(AIが作成しました)
蜀の大軍を率いる諸葛亮は、魏の拠点である長安の攻略を目指し北伐を開始する。正攻法で進む蜀軍に対し、魏は鳳鳴山で迎撃を図るが、老将趙雲の武勇の前に敗北を重ねる。戦局が停滞する中、諸葛亮は死期を悟り、後事を託して定軍山に没する。その後、謀反を企てた魏延に対し、諸葛亮が遺した計策を用いた馬岱がこれを討ち果たし、蜀軍は故人を定軍山に埋葬する。国のために尽くした軍師の最期と、その意志が受け継がれる様を描く。
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中原を指して
一
蜀の大軍は、陽(陝西省・県、漢中の西)まで進んで出た。ここまで来た時、
「魏は関西の精兵を以て、長安(陝西省・西安)に布陣し、大本営をそこにおいた」
という情報が的確になった。
いわゆる天下の嶮、蜀の桟道をこえて、ここまで出てくるだけでも、軍馬は一応疲れる。孔明は、陽に着くと、
「ここには、亡き馬超の墳がある。いまわが蜀軍の北伐に遭うて、地下白骨の自己を嘆じ、なつかしくも思っているだろう。祭を営んでやるがよい」
と、馬岱を祭主に命じ、あわせてその期間に、兵馬を休ませていた。
一日、魏延が説いた。
「丞相。それがしに、五千騎おかし下さい。こんなことをしている間に、長安を潰滅してみせます」
「策に依ってはだが……?」
「ここと長安の間は、長駆すれば十日で達する距離です。もしお許しあれば、秦嶺を越え、子午谷を渡り、虚を衝いて、敵を混乱に陥れ、彼の糧食を焼き払いましょう。――丞相は斜谷から進まれ、咸陽へ伸びて出られたら、魏の夏侯楙などは、一鼓して破り得るものと信じますが」
「いかんなあ」
孔明は取り上げない。雑談のように軽く聞き流して、
「もし敵に智のある者がいれば、兵をまわして、山際の切所を断つにきまっている。そのときご辺の五千の兵は、一人も生きては帰れないだろう」
「でも、本道を進めば、魏の大軍に対して、どれほど多くの損害を出すか知れますまい」
孔明はうなずいた。その通りであると肯定しているものの如くである。そして彼は彼の考えどおり軍を進ませた。隴右の大路へ出でて正攻法を取ったものである。
これは、魏の予想に反した。孔明はよく智略を用いるという先入観から、さだめし奇道を取ってくるだろうと信じて、ほかの間道へも兵力を分け、大いに備えていたところが、意外にも蜀軍は堂々と直進して来た。
「まず、西の兵に、一当て当てさせてみよう」
夏侯楙は、韓徳を呼んだ。これはこんど魏軍が長安を本営としてから、西涼の兵八万騎をひきいて、なにか一手勲せんと、参加した外郭軍の大将だった。
「鳳鳴山まで出で、蜀の先鋒を防げ。この一戦は、魏蜀の第一会戦だから、以後の士気にもかかわるぞ。充分、功名を立てるがいい」