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TORENDIA

二人の病人

本文約4,700字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

融は、亡妻の遺した丸子と自身の子供の百合子を平等に慈しむ妻の好子と共に、家庭生活を送る。二人の子供を分け隔てなく育てようと心掛ける夫婦であったが、好子は周囲の環境や子供たちの心理を過敏に案じ、融に心の内を吐露することがあった。そんな折、好子と子供たちに体調不良の兆しが現れる。融は、家庭における葛藤や試練を乗り越えようと自らを律し、病に臥せる家族と向き合いながら、共に暮らす意義を改めて見つめ直す。

徳田秋聲

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🎧 二人の病人 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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昨夜も散歩の帰りに、好子は子供のことで少しばかり融に訴へるところがあつた。訴へるといつても、それは愚痴とか不満とかいふやうな種類のものでは決してなかつた。たゞ融の亡妻の遺した丸子と、好子自身の子の百合子とに対する彼女の平等な母性愛を基調として、一方が少しでも余計に幸福になつたり、一方が少しでも不幸を感じたりすることのないやうにと、いつも細かく神経をつかつてゐる彼女が、子供のどつちかゞ遠慮して硬くなつたり、怯気づいて萎縮したりするやうな場合に、幸福と感謝に浸つてゐる心に、何うかすると暗い影が差してくるのでつひ融に訴へずにはゐられないのであつた。

好子はどんな場合にも、朗らかな正しい眼で二人を見てゐた。可けないことがあれば丸子でも叱らないとは限らなかつたし、百合子のことも表裏なく言ふべきことは言つて聞かせるのに躊躇しなかつた。

「どうも百合子が少し増長していけない。」好子は時々それを気にしたが、丸子は兎に角として、丸子の多勢の兄弟たちのなかにゐるときの百合子が、余り好くしたとはいへない継母の手元で習慣づけられた、硬くなつて自分の殻に閉ぢこもるやうな癖を、動もすると出すので、それが気にかゝつてならなかつた。

しかし又丸子が好子の愛情を、自分一人のものゝやうにしたがるのは可いとしても[#「可いとしても」は底本では「可としても」]、今まで末の子として何んな駄々児ぶりを発揮しても、皆んなから笑つて通されてゐた習慣で、不意に同棲することになつた百合子に対して、優越感を示すやうなことも、好子にはちよつと気がゝりでないこともなかつた。さうかと言つて、百合子が余り伸び/\して、丸子がおとなしく過ぎるやうなことは、尚更不安であつた。

融にはさういふ気持がよく解つた。そして、

「やつぱり百合子をお祖母さんとこへ還しませうかしら」と好子が暗い顔をしてゐるのを見ると、それも可いかも知れないと思ふのであつたが、しかしこの二人の子供を並べて育てて行くことは、彼に取つては興味ふかい試みであり、人生修業の一つとして、意義の深いものでもあつた。

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