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TORENDIA

西の京の思ひ出

本文約12,000字 ・ 読了時間 約24分

あらすじ(AIが作成しました)

奈良を訪れた著者が、若い頃の学生時代に抱いた古美術への関心と西の京での思い出を綴る随筆。関野貞の講義やスタインの西域探検の報告を通じて、日本美術とインド、さらにはギリシア文化との関連性を強く意識するようになる。かつて薬師寺や唐招提寺を歩いて巡り、古代の仏教美術の背後に広がる西域との交渉や文化の変遷を辿った自身の思索の軌跡を振り返り、往時と現在の風景や自身の感慨の移ろいを静かに回想する。

和辻哲郎

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老人の思ひ出話など、今の若い人にはあまり興味はあるまいと思はれるが、老人にとつては、思ひ出に耽ることは楽しいのである。さういふ楽しみに耽る機会を与へられた北島葭江先輩自身が、すでにいろ/\な思ひ出の種になる。

この春安倍能成君から電話がかゝつて来て、北島が訪ねて行くから、逢つて頼みを聞いてやつてくれといふことであつた。その時わたくしは北島さんの昔の顔を思ひ起すことが出来た。安倍君と同じ級であつたとすれば大学はちやうど入れ替りになるわけであるが、どこかでちよい/\顔を見たことがあつたのであらう。ところで来訪された北島さんは、八十近い老人であつた。昔の面影が残つてゐないわけではないけれども、昔の大学生とは大分感じが違つてゐた。聞いて見ると、大学は安倍君と一緒であつたが、年は安倍君よりも五つ六つ上だといふ。若い頃にはそれほどに思はなかつたが、今見るとわたくしよりもよほど長老に見える。さういふ長老のいはれることであるから、書く材料があらうとなからうと、とにかくいはれるまゝに原稿を引き受けざるを得なかつたのである。

ところで、いよ/\その原稿を書かなくてはならない時期になると、さて何を書いてよいか解らない。題目は「西の京の思ひ出」といふのであるが、わたくしは奈良の西の京について特別な思ひ出を持つてゐるわけでもない。どうしてわたくしにかういふ題目が割りあてられたのであるかと考へてゐるうちに、ふと思ひ出したのは、若い頃に書いた『古寺巡礼』のなかに、唐招提寺や薬師寺を見物した日の夕方、奈良の町へ帰る田畝道の上で、薬師寺の仏像とガンダラ美術との聯関についていろ/\と空想にふける箇所があることである。あれは「西の京での空想」であつて、「西の京の思ひ出」ではないが、しかし今から思ふと、わたくしにとつては曽て西の京からの帰り途の原中であゝいふ空想に耽つたといふこと自体が、西の京の思ひ出となるであらう。わたくしにこの題目が割り当てられたといふことの背後には、さういふ聯想が働いてゐるかも知れない。

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