冬ごもり
本文約4,500字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
冬ごもりとは、かつて雪国で春を待つ生活を指したが、近年では世界規模で多様な形が実践されている。北極の氷原で一年間の観測を行ったソ連のパパーニン一行や、南極で一人冬を越したバード少将の事例を挙げ、科学の進歩と国家による支援の重要性を説く。対照的に、戦時下で航空気象の研究のためにニセコアンヌプリ山頂で過酷な環境に耐え二冬を過ごした体験を回想し、科学を軽視する国の現状への憂慮と将来への期待を綴る。
💰 この本を応援する(投げ銭)
第6圖 ニセコ山頂の冬ごもり
[#改丁]
冬ごもり
第7圖
冬ごもりといえば、二米も三米もある深い雪に埋もれて、薄暗い部屋の中で炬燵にもぐり込んで、じっと春の來るのを待つような生活を考える人が多いであろう。そして今までの我が國での冬ごもりといえば、事實そういう生活を指していることが多かった。
秋田縣や山形縣から、雪の名所新潟縣はもちろんのこと、北陸地方一帶にかけて、私たちの祖先はそういう冬ごもりの生活を、今までに千五百年くらいもの間、ずっと續けて來ていた。そしてそれはごく近年までも續いているのである。
ところが世界はまことに廣大なもので、それに科學の進歩は止るところを知らない。それで廣く世界を見渡してみると、いろいろな冬ごもりが近年にはなされていた。そのうちで冬ごもりの世界記録というものを探すとしたら、それはソ聯のパパーニン一行の北極に於ける冬ごもりを第一に擧げるべきであろう。
ソ聯は國力を強めるために、國土計畫というものをたてて、國土全體の生産を如何にしてあげるべきかを、たくさんの科學者を集めて二十年來研究させ、それを着々と實行して來ていた。もちろんあの廣大なシベリアの開發も、その中での重要な題目であった。そのためには北方の氣象をよく知る必要がある。それにソ聯では、北極洋を碎氷船によって航海しようという、たいへんな大事業を計畫していた。そのためにも北方の氣象、特に北極附近の氣象を、一年を通じて測らねばならないので、その準備を、もう二十年も前から進めていた。
その準備が大體完了したので、いよいよ北極の氷の上に觀測所を作って、其處へ學者をやって、一冬の間冬ごもりをさせて、氣象觀測をやろうということになった。そういう夢のような計畫をほんとうに實行しようということにしたのが、昭和十二年の春であった。即ち日華事變の始まった年のことである。