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TORENDIA

「引札」のはなし

本文約2,800字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

田端の料理屋天然自笑軒や、日本橋檜物町の蔵多家のために森鴎外が書いた「引札」を紹介する。当時を知る風情ある文面や、鴎外ならではの筆致を紐解きながら、震災を経て変容する都市の姿や往時の料理屋に想いを馳せる。また、現代の広告に見られる言葉遣いの違和感や、時勢に迎合する卑俗な宣伝文句に対する憤りを通し、時代と共に失われていく風流と、無遠慮な商売姿勢に対する著者の批評的な視点を綴る。

久保田万太郎

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田端に天然自笑軒といふ古い料理屋がある。古いといつても、明治の、日露戦争のあとをうけた好況時代に出来たものらしいが、わたくしの二十三四、さうした場所に関心をもちはじめた時分、すでに相当、有名でもあれば、洒落れた贅沢なうちとして、一部に、ことさらな勢力をもつてゐたこともたしかだつた。いまでは、毎年、七月二十四日、芥川龍之介君の河童忌をやるうちになつてゐる。

このうちのために森鴎外先生が「引札」を書いておいでのことを、人はあんまり知らない。しかし当の自笑軒のあるじ……いまのあるじである……でさへ知らない位だから、知らないはうが当りまへかも知れない。わたくしといへども、『鴎外遺珠と思ひ出』を読んではじめて、へえ、かういふものがあつたのかと驚いたのである。

「蛙鳴く田端の里、市の塵森越しに避けて茶寮営み、間居のつれづれ洒落半分に思ひ立ちし庖丁いぢり、手まかせの向、汁椀、焼八寸、吸物と木の芽、花柚の口ばかりは懐石の姿はなせど、味は山吹の取立てて名物もなき土地柄ながら、濃茶薄茶の御所望次第、炉風呂の四季のその折折、花紅葉探勝のお道すがらあるは又山子規虫聞きなどの雅賞にも広間、囲ひの数を備へ、御窮屈ながら茶事を省き、酒飯は時のあり合せ、ただ風流のおくつろぎを第一とし、詩歌、俳諧乃至書画、声曲の仙集にもあてさせられ給はんこと、これ亭主の希望とするところなり。電車の便も都ちかきこの郊外にこの寮あるは、世忘れの仙境之に過ぎたるはなしと、茶音頭とりて亭主にかはり、古き口上振を敬つて白す

この寮のお目じるしには

江戸に見し辻行灯や子規」

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