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TORENDIA

粗忽評判記

本文約13,900字 ・ 読了時間 約28分

あらすじ(AIが作成しました)

粗忽者と評される苅田久之進は、同じく粗忽な主君三浦壱岐守明敬に仕える。ある日、壱岐守は隣藩の吹上侯斎藤出雲守との勝負に、許嫁である小萩を擁する吹上藩の弓の名手との対決を提案し、兼光の太刀を賭ける。久之進は自身の粗忽が引き起こす騒動と、小萩との対峙に翻弄されながらも、主君と吹上侯の絶交状態を解消へと導く。やがて久之進の誤った伝言がきっかけとなり、両藩主は和解の時を迎える。

山本周五郎

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一

苅田久之進は粗忽者という評判である。粗忽者といってもどの程度に粗忽なのかはよく分らない、いちどそういう評判をとってしまうとつまらぬ失策まで真らしく喧伝されるもので、ときには他人の分まで背負わされることも珍しくはない。これはつまり何々の粗忽があったという事実が元ではなくて、むしろその人柄によるものであろう。普通の人間がしたことならかくべつ面白くも可笑くもないのに、彼のしたことだとなると急に精彩を放って、いかにも並外れた滑稽さを帯びてくるのだから奇妙である。ことに久之進の場合にはそれを助長するもうひとつの条件があった。それは主君三浦壱岐守明敬が彼に劣らぬ粗忽な人であったことだ。しかも壱岐守は性急の質で、忘れっぽくて早耳という粗忽人の特徴を備えているのに、久之進は落着きはらって粗忽をやるのだから目立つこともまた一倍であった。ある時この二人が馬競べのあとで優劣の論を生じたことがあった。壱岐守は次第に旗色が悪くなるので大いにせき、「では囲碁で勝敗を決めよう」と云った。「いかにも承知でござる」久之進はにやにや笑いながら立って行ったが、間もなく将棋盤を持って来て据えた。にやにや笑って立つまではいかにも落着いたものだが、肝心の物を間違えている。当人も気がつかないし壱岐守は元より大いにせきこんでいるので、すぐに駒箱を明けながら、「許す、先手で参れ」「それはなりません。先手は下手なほうが取るもので、お上と拙者とでは段が違います」「余の命令じゃ、先手で参れ」「御意なればやむを得ません、では――」久之進はしぶしぶ駒箱の中へ手を入れた。

ここで気がつくかと思うと気がつかない。指先で駒を弄りながらはてなと考えだした。碁は打つもの、将棋は並べて指すものである。駒と石とが違っているから摘んではみたが具合が変なのはあたりまえだ。壱岐守も駒を捻っていたが久之進のようすを見てこいつまた何か失策たなと思った。粗忽人の癖としてこうなると『失策た』という考えだけに突当って他のことは忘れてしまう、しばらく無言のまま駒を弄りまわしていたがついに壱岐守が取って付けたように笑いだした。

「どうだ、久之進、え――どうだ」

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