絵のない絵本
本文約42,400字 ・ 読了時間 約85分
あらすじ(AIが作成しました)
貧しい若き絵かきは、ある晩、窓から差し込んだ月と出会う。月は訪れるたびに旅先で目にした光景を語り、若き絵かきにそれを絵にするよう提案する。インドの娘が河に明かりを流して祈る姿や、墓地で悲しみを抱えながら喜劇を演じる役者の姿など、月が世界各地で見聞きした多彩な人生の断面を、若き絵かきが記録として綴る。月と若者の対話を通じて、人間の悲哀や喜びを詩情豊かに描く物語である。
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絵のない絵本
ふしぎなことです! わたしは、なにかに深く心を動かされているときには、まるで両手と舌とが、わたしのからだにしばりつけられているような気持になるのです。そしてそういうときには、心の中にいきいきと感じていることでも、それをそのまま絵にかくこともできなければ、言い表わすこともできないのです。しかし、それでもわたしは絵かきです。わたしの眼が、わたし自身にそう言い聞かせています。それに、わたしのスケッチや絵を見てくれた人たちは、みんながみんな、そう認めてくれているのです。
わたしは貧しい若者で、たいへんせまい小路の一つに住んでいます。といっても、光がさしてこないというようなことはありません。なにしろ、まわりの屋根ごしに、ずっと遠くの方まで見わたすことができるほど、高いところに住んでいるのですから。この町にきた、さいしょのころは、ひどくせまくるしい気がして、さびしい思いをしたものです。それもそのはず、森やみどりの丘のかわりに、地平線に見えるものといえば、ただ灰色の煙突ばかりなのですからね。おまけに、ここには、友だちひとりいるわけではありませんし、あいさつの声をかけてくれるような顔なじみもなかったのです。