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TORENDIA

雪三題

本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

初雪の観測、研究の背景と雪の結晶の精緻な構造、そして北国の雪解けと季節の推移を綴る。著者は十勝岳などで雪の結晶の研究を長年続け、一度は戦災で失いかけた研究成果を再興しつつ、自然の造形美への深い愛着と敬意を抱く。また、北海道の遅い春の原因が寒さよりも雪にあることを気象データに基づき論じ、雪に対する関心の薄い行政へ一石を投じる。

中谷宇吉郎

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🎧 雪三題 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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一 初雪

今年は初雪が例年よりも二日早かった。

秋の天気工合がよかったせいか、円山の原始林の黄葉がまだ八分どおり残っているのに、朝学校へ出がけに、ぱらぱらと霰まじりに初雪が降った。外套の袖に受けてみると、雲粒のついた無定形の雪である。

昨年の今頃は、終戦後の混乱からまだ抜けきれず、それに食糧の不安も深刻で、初雪を見ても、あまり感慨も湧かなかった。あの頃からみると、ストライキ騒ぎこそあれ、随分落着いた気持になったものである。石炭はどうせ配給は無いものとあきらめているし、活動を見る気は初めからなし、ラジオはストライキで静かになってまことに結構であった。また雪の研究でも始めるには、お誂え向きの世の中になったものである。

十勝岳の山小屋と大学の低温実験室の中とで、十年あまり続けて来た雪の結晶の研究も、戦争中は、もっと実際的な問題の研究に切り換えねばならなかった。その研究にも面白いところもあったが、何といっても、直接に自然の内奥を窺うような今までの研究の興味には比すべくもなかった。

今度の戦争を今のような形で生きのびようとは思っていなかったので、ミッドウェーの海戦の直後ころ、今までの十五年間の雪の研究をまとめて、二千枚の顕微鏡写真とともに、岩波書店へ渡しておいた。一冊でもその本が残ればという気持があったことは確かである。

この大戦争の中で、二千枚の銅版をつくることは無理だろうと内心思っていたのであるが、二年近くかかって、やっとそれが出来上がり、本文も再校まで出た。そこで五月何日かの戦災で、組版も銅版も全部焼けてしまった。しかし二千枚の写真の校正刷が手許に残っていたので、それを製本して、図録だけ一冊作った。そして世界に一冊しか無い本だということにして、珍蔵することにした。さすがに今一度この本を作り直す元気は無かった。

ところがこの春経済科学部のケリー博士が大学を訪問された時に、その世界に一冊しか無いと自称している本を見せた。そうしたら、これは科学者として出版する義務があると激励された。それでまた勇を鼓して、新しく写真の整理をして、出版することにした。

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