ピストルの蠱惑
本文約4,700字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
殺人事件の容疑者として裁判にかけられた男は、徹底して事実を否定し無罪を勝ち取る。釈放され自室へ戻った彼は、衝動に駆られて情婦を殺害した真相を告白文として綴る。過去の犯行場所であり、今もなお自身の心を支配するピストルを処分しようと試みるが、手にした銃の冷たい感触と抗いがたい魔力に翻弄され、自らの死へと強く惹きつけられていく過程を描く。
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一時間前までおれは囚人だった。しかも大変な囚人だ。外聞だの刑期だのという問題ではなく、すんでのことに、この首が飛ぶところであったのだ。
斬首台を夢に見て魘されたことも幾度だかしれない。そんなときは思わずぞっとして、もしやあの庖丁の細い刃の痕がついていはせぬかと、冷汗の滲んだねばねばする手で、そっと頸筋を撫でてみるのだった。弥次馬の立騒ぐ声までも聞えるような気がして、ぶるぶるっと身ぶるいがした。『死刑にしろ、死刑にしろ』という嗄れた叫び声が耳底でがんがん鳴った。
しかし今はすべてが終った。おれは釈放されて、自分の住室へ帰って来たのだ。そしてもう一度市街の雑鬧や、店屋の明るい電飾が見られる躯になったのである。今夜は久しぶりにゆっくりと晩餐を使おう。暖炉のそばで好きな煙草も喫めるし、それに、暖かい自分の寝床でのうのうと眠れるのだ。
だが、おれはこうして辛と無罪放免になったばかりなのに、今この瞬間ほど、自分を痛切に罪人だと感じたことはない。
裁判官がどう踏みちがえて、おれの正体が捉めなかったのか、不思議でたまらない。おれは徹底的にあらゆる事実を否定することに熱中しつづけたので、頭がぼうっとしてしまった。もう少し頭がはっきりして来たら、是非とも事の真相を書かねばならぬ。おれはこの真実をば、過去三ヶ月の間、巧みに且つ意地わるく隠しとおして、終いには、殆んど自分の嘘を自分で信ずるくらいまで漕ぎつけたのであった。
ところが何を隠そう、おれが殺人者なんだ。あの女を殺したのは、このおれなんだ。
何故殺す気になったのか。だれにもわからない。何だってあんなことを仕出来したのか、自分にもまるで合点がゆかぬ。
おれはあの女に惚れていたのではないから、嫉妬が原因でないことは確かだ。といって物盗りのためでもなかった。裕福なおれは、彼女の屍体から発見された数フランの金なんかに目がくらむわけはないのだ。左ればといって、憤怒の果に殺したのでもなかった。
あのときおれ達両人はこの室にいたのであった。彼女はあの鏡のそばに立っていたし、おれは恰度今坐っている場所に坐っていた。おれが本に読みふけっていると、彼女は話しかけた。