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TORENDIA

六の宮の姫君

本文約5,800字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

六の宮のほとりに住む没落貴族の姫君は、両親を亡くし困窮した生活を送る。乳母の勧めで丹波の前司と関係を持ち、生活は一時潤うが、男は任国へ下る際に別れを告げ、二度と戻らなかった。その後、姫君は困窮を極め、再会を求めてさまよう男と悲劇的な状況で対面する。本作は、運命に翻弄されながら静かに生涯を閉じる孤独な女性の姿と、その死後に彷徨う魂の行方を通して、人生のはかなさと虚無を描く。

芥川龍之介

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🎧 六の宮の姫君 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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一

六の宮の姫君の父は、古い宮腹の生れだつた。が、時勢にも遅れ勝ちな、昔気質の人だつたから、官も兵部大輔より昇らなかつた。姫君はさう云ふ父母と一しよに、六の宮のほとりにある、木高い屋形に住まつてゐた。六の宮の姫君と云ふのは、その土地の名前に拠つたのだつた。

父母は姫君を寵愛した。しかしやはり昔風に、進んでは誰にもめあはせなかつた。誰か云ひ寄る人があればと、心待ちに待つばかりだつた。姫君も父母の教へ通り、つつましい朝夕を送つてゐた。それは悲しみも知らないと同時に、喜びも知らない生涯だつた。が、世間見ずの姫君は、格別不満も感じなかつた。「父母さへ達者でゐてくれれば好い。」――姫君はさう思つてゐた。

古い池に枝垂れた桜は、年毎に乏しい花を開いた。その内に姫君も何時の間にか、大人寂びた美しさを具へ出した。が、頼みに思つた父は、年頃酒を過ごした為に、突然故人になつてしまつた。のみならず母も半年ほどの内に、返らない歎きを重ねた揚句、とうとう父の跡を追つて行つた。姫君は悲しいと云ふよりも、途方に暮れずにはゐられなかつた。実際ふところ子の姫君にはたつた一人の乳母の外に、たよるものは何もないのだつた。

乳母はけなげにも姫君の為に、骨身を惜まず働き続けた。が、家に持ち伝へた螺鈿の手筥や白がねの香炉は、何時か一つづつ失はれて行つた。と同時に召使ひの男女も、誰からか暇をとり始めた。姫君にも暮らしの辛い事は、だんだんはつきりわかるやうになつた。しかしそれをどうする事も、姫君の力には及ばなかつた。姫君は寂しい屋形の対に、やはり昔と少しも変らず、琴を引いたり歌を詠んだり、単調な遊びを繰返してゐた。

すると或秋の夕ぐれ、乳母は姫君の前へ出ると、考へ考へこんな事を云つた。

「甥の法師の頼みますには、丹波の前司なにがしの殿が、あなた様に会はせて頂きたいとか申して居るさうでございます。前司はかたちも美しい上、心ばへも善いさうでございますし、前司の父も受領とは申せ、近い上達部の子でもございますから、お会ひになつては如何でございませう? かやうに心細い暮しをなさいますよりも、少しは益しかと存じますが。……」

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