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TORENDIA

変った話

本文約8,400字 ・ 読了時間 約17分

あらすじ(AIが作成しました)

電車内で読んだドイツ語訳の『老子』を通じ、西洋風の解釈による新しい哲学との出会いを綴る。古典を現代の科学的な視点や実用的な知恵として捉え直す面白さを説く。続いて古代の通信装置と近代の電機装置の共通点を挙げ、科学技術の原理を論じる。最後に、常に半分風邪を引いているかのような適度な不完全さや非常時の心構えを保つことこそが、かえって安全や平和に繋がるという逆説的な人生観や処世術を考察する随筆。

寺田寅彦

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一 電車で老子に会った話

中学で孔子や孟子のことは飽きるほど教わったが、老子のことはちっとも教わらなかった。ただ自分等より一年前のクラスで、K先生という、少し風変り、というよりも奇行を以て有名な漢学者に教わった友人達の受売り話によって、孔子の教えと老子の教えとの間に存する重大な相違について、K先生の奇説なるものを伝聞し、そうして当時それを大変に面白いと思ったことがあった。その話によると、K先生は教場の黒板へ粗末な富士山の絵を描いて、その麓に一匹の亀を這わせ、そうして富士の頂上の少し下の方に一羽の鶴をかきそえた。それから、富士の頂近く水平に一線を劃しておいて、さてこういう説明をしたそうである。「孔子の教えではここにこういう天井がある。それで麓の亀もよちよち登って行けばいつかは鶴と同じ高さまで登れる。しかしこの天井を取払うと鶴はたちまち冲天に舞上がる。すると亀はもうとても追付く望みはないとばかりやけくそになって、呑めや唄えで下界のどん底に止まる。その天井を取払ったのが老子の教えである」というのである。何のことだかちっとも分からない。しかし、この分からない話を聞いたとき、何となく孔子の教えよりは老子の教えの方が段ちがいに上等で本当のものではないかという疑いを起したのは事実であった。富士山の上に天井があるのは嘘だろうと思ったのであった。

二十年の学校生活に暇乞をしてから以来、何かの機会に『老子』というものも一遍は覗いてみたいと思い立ったことは何度もあった。その度ごとに本屋の書架から手頃らしいと思われる註釈本を物色しては買って来て読みかけるのであるが、第一本文が無闇に六かしい上にその註釈なるものが、どれも大抵は何となく黴臭い雰囲気の中を手捜りで連れて行かれるような感じのするものであった。それらの書物を通して見た老子は妙にじじむさいばかりか、何となく偽善者らしい勿体ぶった顔をしていて、どうも親しみを感ずる訳には行かないので、ついついおしまいまで通読する機会がなく、従って老子に関する概念さえなしにこの年月を過ごして来たのであった。

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