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TORENDIA

自画像

本文約17,600字 ・ 読了時間 約36分

あらすじ(AIが作成しました)

病気療養中の著者は、山本鼎の著書をきっかけに長年離れていた油絵の制作を始める。身近な静物を描いたのち、自らの顔を写生することに取り組み、鏡の中の像を捉えようと試みる。描き進める中で、対象を観察する際の視覚的な発見や、絵の中の顔が実在感を増していく不思議な感覚を味わう。自画像という不完全な写しを通じ、人の顔の認識や記憶、さらには物理学的な視点も含めた思考の変遷を綴る随筆。

寺田寅彦

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四月の始めに山本鼎氏著「油絵のスケッチ」という本を読んで急に自分も油絵がやってみたくなった。去年の暮れに病気して以来は、ほとんど毎日朝から晩まで床の中で書物ばかり読んでいたが、だんだん暖かくなって庭の花壇の草花が芽を吹き出して来ると、いつまでも床の中ばかりにもぐっているのが急にいやになった。同時に頭のぐあいも寒い時分とは調子が違って来て、あまり長く読書している根気がなくなった。今までは内側へ内側へと向いていた心の目が急に外のほうへ向くと、そこには冬の眠りからさめて一時に活気づいた自然界が勇み立って自分を迎えてくれるような気がした。ちょうどそこへ山本氏の著書が現われて自分の手をとって引き立てるのであった。

中学時代に少しばかり油絵をかいてみた事はある。図画の先生に頼んで東京の飯田とかいううちから道具や絵の具を取り寄せてもらって、先生から借りたお手本を一生懸命に模写した。カンバスなどは使わず、黄色いボール紙に自分で膠を引いてそれにビチューメンで下図の明暗を塗り分けてかかるというやり方であった。かなりたくさんかいたが実物写生という事はついにやらずにしまった。そして他郷に遊学すると同時にやめてしまって、今日までついぞ絵筆を握る機会はなかった。もと使った絵の具箱やパレットや画架なども、数年前国の家を引き払う時に、もうこんなものはいるまいと言って、自分の知らぬ間に、母がくず屋にやってしまったくらいである。

その後都へ出て洋画の展覧会を見たりする時には、どうかすると中学時代の事を思い出し、同時にあの絵の具の特有な臭気と当時かきながら口癖に鼻声で歌ったある唱歌とを思い出した、そうして再びこの享楽にふけりたいという欲望がかなり強く刺激されるのであった。しかし自分の境遇は到底それだけの時間の余裕と落ち着いた気分を許してくれないので実行の見込みは少なかった。ただ展覧会を見るたびにそういう望みを起こしてみるだけでも自分の単調な生活に多少の新鮮な風を入れるという効果はあった。

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