B教授の死
本文約6,100字 ・ 読了時間 約13分
あらすじ(AIが作成しました)
東京のホテルに滞在していた物理学者B教授は、欧州大戦中の発明をめぐり、某国のスパイに追跡されているという不安を語る。その後、教授の部屋で不可解な事態が起き、物理学者の生涯が幕を閉じる。本作は、記憶と空想が混ざり合い、消えない謎として残るかつての知人の最期を回想し、その人物にまつわる断片的な記憶を辿りながら、物理学者という異邦人が極東の地で迎えた顛末と、その後も作者の心に残る不思議な光景を淡々と描写する。
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さわやかな若葉時も過ぎて、日増しに黒んで行く青葉のこずえにうっとうしい微温の雨が降るような時候になると、十余年ほど前に東京のSホテルで客死したスカンジナビアの物理学者B教授のことを毎年一度ぐらいはきっと思い出す。しかし、なにぶんにももうだいぶ古いことであって、記憶が薄くなっている上に、何度となく思い出し思い出ししているうちには知らず知らずいろいろな空想が混入して、それがいつのまにか事実と完全に融け合ってしまって、今ではもうどこまでが事実でどこからが空想だかという境目がわからない、つまり一種の小説のような、というよりもむしろ長い年月の間に幾度となく蒸し返された悪夢の記憶に等しいものになってしまった。これまでにもなんべんかこれに関する記録を書いておきたいと思い立ったことはあったが、いざとなるといつでも何かしら自分の筆を渋らせるあるものがあるような気がして、ついついいつもそれなりになってしまうのであった。しかし、また一方では、どうしても何かこれについて簡単にでも書いておかなければ自分の気がすまないというような心持ちもする。それで、多少でもまだ事実の記憶の消え残っている今のうちに、あらましのことだけをなるべくザハリッヒな覚え書きのような形で書き留めておくことにしようと思う。