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TORENDIA

問に答えて

本文約4,600字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

なぜ近年小説を発表していないのかという記者からの問いかけに対し、著者自身の作家としての成熟過程と文学観を綴る。プロレタリア作家として歩む中で経験した階級的移行の困難や、単なる経験主義や写実主義に留まらない「リアリズム」の本質を考察する。社会の複雑な矛盾や人間の感情の機微を深く描き出すために必要な、作家自身の感情の再組織と世界観の構築について、自身の歩みを振り返りながら論じる論考。

宮本百合子

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この三四年の間、小説を書かないのは何故であるか。そういう問いが記者によって出された。

私の今の状態から云えば、この問いの中で書かないと云われているところは既に書かなかったという、文法の上では過去の形でされる方がふさわしいし、又全く小説を書かなかったというわけでもないが、質問そのものは面白く思った。

或る作家が、書く、書かないという現象をそれぞれについて見ると、一口で片づけきらぬ内容がある。盛に書くが、作家としての真の発展という視点に立って見るとそれは衰退への道を辿っている場合もあり、雑誌の上に目立つ作品は書かぬが、生活的にはその期間に却ってその作家にとって大切な成長がされているという場合もある。私は、自分の場合は、後の部に属す性質をもったものであったと考えている。

私が、旧作家同盟に参加した頃、或る種の人達は、片岡鉄兵がしたと同じように私も早速ブルジョア・インテリゲンツィア作家として持っていた文学上の腕をそのまま活用して、いろいろな作品を書いて行くことと予想したらしく考えられる。そのとおりに実際は進まず、二年も三年も私が小説らしい小説を書かなかった結果、当時の周囲の事情との関係もあり、反動的な見方で私についてのこの現象を説明する人があった。それらの人々は私の階級的移行が作家として愚かな行為であるという見解を示したのであった。今までいた場所にいて柔順しく身の廻りのことでも書いていればよいものをなまじっか新しい運動に入ったから勝手が違って書けないという風に理解した人もあったらしいし、また或る一部には、恰度小林多喜二があのように短かい生涯を終ったについて、まるで当時の作家同盟が彼をあのように痛憤すべき最終に立ち到らせたと云ったと同じく、私も作家同盟で下らぬ仕事にこき使われているから書けないと考えた人もあったらしい。

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