本文へ移動
TORENDIA

人体解剖を看るの記

本文約8,400字 ・ 読了時間 約17分

あらすじ(AIが作成しました)

病院で働く筆者が、偶然他殺屍体の解剖を見学する機会を得る。深夜の階段教室で警察医による解剖が始まり、若年男性の遺体を前に筆者は緊張しながらも、医学的見地から冷静に執刀が行われる様子を観察する。頭部や腹部の切開、内臓の検査といった工程を経て、遺体が丁寧に縫合され元の姿に戻るまでを記録し、生命の尊厳と解剖という行為に対する厳粛な印象を綴る随筆である。

海野十三

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 10

僕は最近、はからずも屍体解剖を看るの機会を持った。僕の友人に、慶応の生理学の先生である林髞博士というのがあるが、この林博士は前から僕に屍体解剖を見物するように薦めてくれたのであった。僕はもちろん見たいには見たかったのだ。しかし困ったことに、いくら見たくとも、それは芝居や犬の喧嘩を見るように簡単にはゆかないのである。つまり胆力という問題、換言すれば、脳貧血になるかならぬかという問題が存在するため、手軽に「では見せて貰いましょう」というわけにはなかなかゆかないのである。

ところが最近、僕は思いがけないチャンスをつかんで、とうとう解剖の始めから終りまで見てしまった。お医者さまには一向珍らしいことではあるまいが、僕にはたいへん興味あることだった。それで僕は、素人としての印象記をここに録してせっかくのその日の記憶が薄れてしまうのを防ごうとするものである。

僕はその日、或る用件のため、或る病院で働いていた。ところが看護婦が知らせてくれたところによると、その夜、病院に於て他殺屍体の解剖があるという話である。これは全く珍らしいことである。私も病院で働いている上からは、直接関係はなくとも、人体の解剖ぐらいは見て置いた方が参考になると思い、その始まるのを待った。

日がとっぷり暮れて、電灯がついた。

大勢の警官が、続々と入ってきた。

解剖は、階段教室で行われた。病院の職員、看護手、看護婦などが、警官の邪魔にならぬように、すこし後方に席をとった。

検査官一行も到着して、解剖台のすぐ前の席に腰を下ろした。その後から大きな鞄を持った助手を従えて、今夜の執刀者である警察医が入ってきた。

それにつづいて運搬車のうえに載せられて、屍体が入って来た。白布をとれば、その下に裸体の若い男性屍体が現れた。年のころ十五六でもあろうか。五厘刈にした丸顔の可愛いい少年だった。

屍体といえば、僕たちは臘細工のような青い身体を想像するのであるが、この屍体はそうではなかった。顔も唇も赤々として、まるで眠っているとしか考えられない。聞いてみると、この屍体は井戸の中に漬っていたのだそうで、時間も三十時間ぐらいしか経ってないということだった。

海野十三の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本