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TORENDIA

村の三代

本文約1,600字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

福島県の開墾地を舞台に、明治初期の疏水事業によって移住してきた武士たちによる村の形成過程と、その後の時代の変遷を描く。かつて領主間の紛争の地であった草地は、国家的な開発を経て桑野村となり、三層楼の村役場が象徴する明治の気風を宿す。日露戦争や経済パニックを経て、三代にわたり生活の場を広げた村々は、やがて郡山市へ併合される。しかし時局の変容により、兵営建設に伴う農地の転用や戦時下の統制が、人々の生活に新たな波紋を投げかける様子を綴る。

宮本百合子

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🎧 村の三代 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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三春富士と安達太郎山などの見えるところに昔大きい草地があった。そして、その草地で時々鎌戦さが行われた。あっち側からとこっち側からと草刈りに来る村人たちは大方領主がそれぞれちがっていて、地境にある草地の草を、どっちが先に刈るかというような争いから、丁髷を振り立てて鎌戦さになることがあったのだろう。

明治の政府になってから五年目に安場保和の建案を発端とし、大久保利通の内地の開発事業の一つの典型として、福島県でも猪苗代湖から疏水をこしらえて、これまでは鎌戦さのあった草地へ田を作る仕事に着手した。

さまざまの政治的変動の余波を蒙って、多くの波瀾を経ながら辛うじて疏水事業が進行しはじめたとき、米沢藩だの久留米藩だのから下級武士たちがそれぞれ一家をひきつれて開墾へ移住して来た。そしてそれぞれにもとの藩の名をつけて久留米開墾という風に呼ばれるようになった。

桑野村という村は、疏水事業や開発事業につれて附近の藩から移住して来た人家で、どうやら明治の村の形をなしたところらしく思える。兼てこの村が附近の開発の中心地となって村役場も出来、大神宮も建てられ、そのあたり一帯は開成山とも名づけられた。

この開成山の村役場というのが、そんな東北の開墾村の役場にふさわしくないような三階建てで、屋根はコバ葺きながらなだらかな反りを松の樹蔭に陰見させている。一里ばかり離れた郡山の町から一直線の新道がつくられて、そのポクポク道をやって来たものはおのずから村を南北に貫通している大通りへぶつかり、その道を真っ直ぐ突切ると爪先上りの道は同じ幅で松の植込みのある、いくらか昔話の龍宮に似た三層楼の村役場の玄関へ導かれているのである。

まだ荒漠としている開墾の遙か彼方の山並の上に三春富士を眺め、その下に連る古い町々の人煙を見ながら、松林の中へ三層楼の役場を建てた当時の人々の感情のなかには、明治というものがどんなに明るく、広く、真直な美しさをもってうちひらけ、描かれていたかが実に髣髴とするようである。

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